ガラテヤ5:22~24
「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。」
オリンピックも始まって見始めると面白いですね。アスリートの想いが伝わってくるのでしょうか。しかし新型コロナのほうは容赦していませんが。
私はいわゆるクリスチャンではありませんが、イエス・キリストさまからエネルギーをもらっている者として、聖書に基づいた生き方を目指しています。
実はキリスト教の教義的なことは全く分かりません。教会も行ったことありませんし。
聖書からイエス様と私の生き方を照らし合わせていくことでイエス様に近づければと思っています。しかし、力づくで念力では近づけません。
私たちには(人間であれば)魂を持っています。この魂は神様から分かれ、もともとは神であったわけです。神から離れた魂は、「個」として存在しています。
そして聖霊さまの存在は確かにあります。神様の一側面です。
父、子(イエス様)、聖霊の三位一体を感じてみられると、霊的なことに対して感覚的に変わってくると思います。
私たちの常識、道徳、倫理、そういうものは大切ですが、絶対的に大切なのは神様への信仰です。
そして、私たちの中に魂が聖霊様とドッキングしたとき、御霊の実が豊かに実ります。
その反対に、神様が存在していないときは、悪い考えや悪想念が湧き出てしまいます。この聖霊様がいないのです。ほとんどの人が、神様から離れているのではないでしょうか?
私たちは人格者を目指すのではなく、神様の道具としてのパイプ、神様の神性者、無者を目指さなければいけないのです。御霊の実に包まれたら、すべてが平和に、愛に包まれていきます。