よくある事問題は⁉…「職場で崩れ落ちたワケ」この見出し
定年後も納得の収入で働ければ安泰と思いがちですが、役割や立場の変化によるやりがいの喪失は、心に思わぬ衝撃を与えます。ある男性の事例から、定年後のキャリアの有り様について考えます。
仕事内容は変わらないはずだった……
首都圏の製造会社に40年近く勤めてきた、高橋修一さん(62歳・仮名)。営業一筋。50代では課長を務め、複数の大口顧客を担当していました。
60歳の定年後も、再雇用で会社に残りました。再雇用後の年収は約550万円。現役時代の800万円台からは下がりましたが、一般的な再雇用後の働き方を考えれば、納得できる水準でした。
厚生労働省『令和7年賃金構造基本統計調査』によると、「55〜59歳」の平均年収は641.3万円、「60〜64歳」では506.2万円。60歳を境に2割減となっています。また、「55〜59歳」の正社員に限ると、平均年収は697.5万円。「60〜64歳」の非正規社員では平均419.8万円。雇用形態も変化すると、60歳を境に4割減というのが一般的です。
妻もパートに出ていて、月7万円ほどの収入があります。生活には大きな不安はありません。ただ小遣いは月3万円と、1万円減額されたとか。
「小遣いが減ったことはいいんです。お金を使うこともそうないので。それよりも仕事を続けるうえで、仕事内容が大切でした」
会社からは、「これまでの経験を生かして、引き続き顧客を担当してほしい」と説明されていました。管理職ではなくなりました。最終的な決裁や押印は、現役の課長が担当します。それでも、高橋さん自身が顧客と話し、商談をまとめる仕事は変わりませんでした。
「肩書がなくなっただけで、やることは現役時代とほとんど同じでした。この仕事が好きだった。これなら65歳まで続けられると思っていました」
高橋さんがメインで担当していたのは、30年近く付き合いのある取引先。担当者も何度も変わりましたが、高橋さんとの関係は続いていました。価格交渉が難しいときも、納期のトラブルが起きたときも、まず高橋さんに連絡が入ります。
「高橋さんに相談すれば話が早い」
取引先から、そう言われることもありました。ところが、再雇用から1年半ほど経ったころ、上司になった元部下から呼ばれます。
「高橋さん、来月から仕事の分担を変えることになりました」
高橋さんは、担当顧客が増えるのかと思いました。しかし、話は逆でした。
「これからは現役社員のフォローをお願いしたいんです」
高橋さんは黙って聞きました。会社としては、今後、現役社員を顧客の窓口にしていきたい。そのうえで、高橋さんには過去の経緯を教えたり、若体が困ったときに相談に乗ったりしてほしいということでした。
「会社としても若返りを図っていかないといけないです」
「それって、担当から外れるということですよね」
「まあ……そういうことになります」
その返事を聞いた高橋さんは、何も言えなかったといいます。
何のために働くか、わからなくなった……
引き継ぎの日、高橋さんは30年近く担当してきた取引先に同行しました。新しい担当者は、かつて自分が指導した元部下でした。
「今後は私が窓口になります。高橋さんにもサポートしていただきますので」
取引先の担当者は、高橋さんに尋ねました。
「高橋さんは、もう担当されないんですか?」
「そういうことになりました」
それだけ答えました。会社に戻ると、元部下が言いました。
「高橋さん、今までの経緯を資料にまとめてもらえますか。僕が引き継ぐので」
高橋さんは資料を作り始めました。30年間の取引履歴。過去のトラブル。先方の担当者の性格。価格交渉の経緯。自分が長年かけて築いてきたものを、若い社員に渡す作業でした。
その日の午後、営業部で元部下たちが仕事の話をしていました。高橋さんは、その輪の外で資料を整理していました。
「高橋さん、これってどういう経緯でしたっけ?」
質問されれば答える。必要とされれば助言する。それでも、自分の名前で顧客に連絡することは、もうありません。
高橋さんは立ち上がろうとしました。そのとき、膝から力が抜けました。元部下たちが慌てて駆け寄ります。
「大丈夫ですか?」という元部下たちの声が、ずいぶんと遠くから聞こえてきます。高橋さんの頭の中を、「俺の40年、何だったんだろう。何のために働いてきたのだろう……」という思いが何度も駆け巡ります。
働く意欲が急激に落ち込んだ高橋さん。その後、会社を去る決断をしたそうです。
定年後の就労は、お金のためだけでなく生きがいを求める場でもあります。内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、65歳以上の日本の高齢者のうち、生きがいを感じる瞬間に「仕事に打ち込んでいる時」を挙げた割合は17.2%に上ります。また、今後も「仕事を続けたい」と望む人は39.0%と他国に比べ高い就業意欲を示しています。
一方で、男性の非正規雇用者率は55〜59歳の10.5%から、60〜64歳では39.8%へ急増しており、定年後の立場の変化、それに伴う仕事内容の変化から意欲低下に悩むシニア社員は多くいると考えられます。
シニア世代の高い就労意欲をどう活かすか。日本社会全体の問題といえそうです。
