気温の差が激しい今日この頃

 

皆様いかがお過ごしですか?

どうもくまです

 

私が小学生の時は夏休み冬休み後に学期が変わる3学期制でした。

 

こぐまの学校は10月の上旬に学期が変わる前期後期の2学期制なのです。

 

ちょうど今日から後期開始でしたが、10月の半ばっていうだけで、

後期が始まるぞ!!って感じが全くない。

普通通りに行って普通通りに帰ってくる。

なんか味気ないな、なんて思っちゃうのは、

きっと休みの前のワクワクと、帰って成績表を見せるドキドキ感をしってるからなんだろうな。

 

ちなみにこぐまの成績表、今年はAが社会と図工の2つについていて、

私も社会と図工が好きだったので得意なものが似てるのかなとチラリと思ったり。

 

図工は高校までAもしくは5がつき続けた私。

だからと言って絵がうまいわけでもなく、デザイン力やセンスがあるわけではない

 

真っ白な画用紙を前に、課題に取り組む。

授業で習ったことを頭に落としてひたすら考える。

自分が描きたいものと習ったことがどう結び付くのか、結び付けられるのか

 

 

白い画用紙が提出期限にはなんかの絵で埋まっていることを想像する。

さっさと描きはじめるひと、描いては消して描いては消してを繰り返す人、画用紙とにらめっこする人

周りはいろんな人がいた。

 

私はと言うとすぐに思いつくときもあれば、悩みに悩んで描きはじめるときがあった。

どんなに悩んでも真っ白なまま提出されることは一度もなく、時間が足りなくて未完成のまま提出されることもなかった。

出来上がりに満足不満足はあれど、出来上がってしまえば、

それ以外の絵がここに描かれることはなかったのだという納得にも似たような気持だった。

 

数時間後、数週間後、数か月後、ここには必ず作品が完成しているという自信と安心感。

 

 

ただ一回だけ中3のときに提出が間に合わないことがあった。

授業ではなかったけど、美術部の企画で、自分が得意としていた切り絵。

真っ黒な色画用紙を前に悩み続けた。

期限前日、家族総出で徹夜作業。

朝の4時近くまでみんなで切っていた思い出。

 

結局、4枚の課題のうち2枚が出来上がらなくて、悔しいとかよりも、間に合わないことがあるんだと驚いた。

得意な切り絵。何一つできない理由はなかった。でもできなかった。

その頃苦手に思っていた父が、器用でもないのにカッターナイフを持ち、メガネをおでこにあげて切っている姿。

大きなセロハンと格闘していたのを覚えている。

母は器用の神様みたいな人で、てきぱきと作業をしつつもコーヒーまで淹れてくれた。

 

自信に満ち溢れ、傲慢の塊みたいな自分。

手を付け始めたころは、他人に手伝ってもらうなんて考えもつかなかっただろう。

何も描かれない真っ黒な色画用紙を見つめて中3の私は何を思ったんだろう?

切っても切っても終わらない作品を前に、どうやって親に手伝ってもらったんだろう?

「手伝おうか?」って声をかけてもらったのか、それすらも思い出せない

 

 

蜜子の卒園に向けて、幼稚園ではいろんな係が立ち上げられている。

卒園のDVD、先生へ渡すプレゼント作り、お楽しみ会の企画

 

考え方の違う親が一つのことを完成させるのはとても大変なんだと改めて思う。

簡単に済む話が、5人も6人もいれば食い違うことも、簡単じゃなくなることもある。

 

話し合いで怒りだす人、泣き出す人、文句ばかり言う人、一度決まった話を覆そうとする人

それまではなんてことなかった人間関係が一気に崩れ始める

 

ひとつの目標に向えば、団結力や結束力が生まれ、紆余曲折ありながらも

終わるころにはみんなで泣きながら円陣組んじゃうようなドラマはどこいった?

 

 

真っ黒な画用紙を見つめることはきっともうないだろうと漠然と思う。

大人になれば良くも悪くも加減を知る。

本気を出さなくていいこと、本音を言わない方がうまくいくこと、できると言わない方が楽をできること。

 

それなり でこの世界は何とかなってしまうことを。