ゆとり教育とアクティブラーニング | nobikoのお受験ブログ

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2020年以降入試が変わる学校が変わると言われているけれど、本当に変わるのか?

 

ゆとり教育の時は、その出口ともいえる入試改革がなかったから何も変わらず教科書だけが薄くなって、学力が下がったと言われている。

今回の教育改革では入試改革もするそうだが、そもそもアクティブラーニングなど自身がやったことのない教師が大多数を占める中、どうやって子どもたちに伝えていくのだろう。

 

そう考えている時にこのイベントがあるのでかなーり張り切って参加した。

https://www.bookhousecafe.jp/event/4月24日発売%e3%80%80新刊-『学校教育がガラッと変わるか-2/?instance_id=460

会場では筆者にかなり質問もして、本も読んだけれど・・・??

筆者の住むニュージーランドと日本とでは、世間の常識や福祉体制教育環境が違う。

つまり、土壌が違うところで同じ種を巻いても育たない。

参加者の質問も、大学附属と附属のない学校とどちらがお得かとか、道徳教育の評価はって…私が興味ある質問は出なかった。筆者に質問したが、「当面変わらないかもですね」と言った。

は??

ってことは、学校教育は変わっても入試は変わらんってことかい?

 

得って何?自分が入った学校を得にするか無駄にするかは、入った本人んと家族の問題。

私が知りたいのは、知識を問う試験じゃない試験って、どんな設問をしてどんな風に誰が評価するのか、それは公平な試験が成り立つのかどうか。

まさか、今はやりの忖度度が増えるんだったらたまったもんじゃない。

 

で、本の中身はともかく(--;)…結局、当分は何も変わらない。

 

ゆとり時代、教科書が薄くなろうとも、保護者が危機感を感じて塾に我が子を託して勉強させたご家庭が増えたように教育現場の経験の薄い文科省の役人がどんな教育プランを出してきても、世間の「できる(と認められる)人間像」が変わらなければ学力偏向社会は変わらない。

まずは、世間が今の教育の仕方では世界に太刀打ちできないのだ、、、を実感しないと。

 

教育改革の根源は、保護者の教育への考え方を変えることだと思った。

 

楽しく人生を謳歌するには、自己肯定感を高めて相手も尊重する力を身につける。

その部分は今の受験では欠落しているから、受験とは別に身につける。

ただ暗記して答える試験を良しとして、授業も受験術に徹する学校は淘汰されるだろう。

知識は、ただの道具だから。

知識なんて、クラウドの中には人間よりよほど正確にはるかに膨大な量が入っているのだから。

道具をどう器用に多様な扱い方ができるか、、、道具を身につけたうえで鍛えることがこれからの社会を生き抜いていく上で必要なことかな、と思った。

 

日本の教育は悪い・・・が前提で教育改革が叫ばれるが、決して悪いわけじゃないと思う。