悪趣味。 | タコノキはうまく踊れない

悪趣味。

以前のことだが。私は自分の戦時入国について、
「まあ、あまりセンスはよくないですね。プレイヤー同士が国を潰しあうゲームに夢中になる程度には悪趣味かと思います(・∀・)ニヤニヤ」
と全電でコメントして、どヒンシュクを買ったことがある。

どうも、“悪趣味”というワーディングがよくなかったらしい。

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たとえば、テニスをするとしよう。
身体を鍛え、フォームを研究し、スポーツマンシップにのっとって正々堂々と勝負する。いいだろう。いいご趣味ですね。
だが、試合の大事な局面、コートの隅に打ち返したボールを敵が追う瞬間、
「すっころべ!」
と、思うのは、…やっぱり“悪趣味”である。“悪趣味”というのは、そういうこと。難しいのを承知で説明を試みれば、勝利への欲求が、フェアネスを追い越す、瞬間の心情とでもいうのだろうか。だが、その心の動きを、私は否定しない。たぶん、それを思う輩のほうが、強くなる。

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EBで。
同じ大きさの国が、同じ大きさの国と、同じ強さのメンバーで、同じ参戦数でゲームをする。知略だけで勝敗が決まる。これを仮に「理想形」としよう。だが、1年間のEB体験のなかで、そんな戦争がいくつあったというのだろう?

大きな国が小さな国を討つ/巨大国が保護ぎれ直後のミニ国を討つ。

参戦の厚い国が薄い国を討つ/参戦多数の国が参戦ゼロの国を討つ。

どこまでがフェアで、どこからがアンフェアか。線が引けるものではない。線が引けないまま、EBというゲームは、清濁をあわせのむ。国の大きさだけではない。最初に書いた戦時入国でもいい、応戦をかけるタイミングでもいい、敵味方での職のアンバランスでもいい、どこからがフェアでどこまでがアンフェアか。問いたくなる事態は枚挙に暇がない。

フェアな戦争しか「してはいけない」となったら、戦争は、めったにできなくなり、EBは止まる。停滞するのだ。だから、私は、濁を許容したいと望む。自分のプレイするゲームを、ニヤリと笑って“悪趣味”と呼び、次の戦争に思いを巡らせる。

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「罪なき者のみ、石もて打て」、という言葉がある。完全にフェアな戦争しかやっていないメンバーであれば、他人のアンフェアを咎める資格がある。だが、自分はけっこうな悪手も行使しておいて、他人が悪手を取ったときにだけ文句を言うのは、率直にいって、あまり格好のいいものではない。

普段から、そんなことを思っている自分は、フェアプレイヤーだと思っている相手の言うことには意外に(笑)素直に従うのだが、そうでない相手との“全電論争”になると、けっこう頑張って抗うクセがある。

こんなことを書くと、私が《北斗》で“全電論争”ばかりやっているように取られかねないが、実は、そうでもない。どうしても疑問に思うことがあれば、個電で質す※か、自サイトを使う。EBの「公式メディア」である全電に関しては、「売られたケンカは買う、しかし自分からは売らない」のが原則である。

もっとも──、
私の“応戦”姿勢について、
「高く買いすぎ」
というコメントを某氏にいただいたときには、モニターの前で笑うしかなかった。

毎度、お騒がせいたしますm(_ _)m



※正確には、《北斗》の若手氏に対して、個電で「全電に出すよ」と通告したあとで、全電へ話を持ち出したことはあるが。

※2:だいぶ前の《北斗》全電を大幅引用; なお、これは、かなり大真面目になって論じる「全電論争」の話として書いた。国電や内輪の談話の愚痴や、「論争」にならないレベルの全電の「いじりあい」なんぞは、私に言わせれば、戦争ゲームの楽しみのうち(笑)。また、アンフェアを許容するといっても、ルールブックに反した行為(マクロ/多重/キャラ貸し)は、当然のことながら、“ダメ”である。