私が管理者サマと言う理由 | タコノキはうまく踊れない

私が管理者サマと言う理由

EBや、サイトについて、管理人、という言葉が、好きでない。

管理人さん、というと、学校の裏手の日の当たらない部屋か、マンションの1階の小さな部屋にいて、
「あれをお願いします」
「これをお願いします」
というと、なんでも、はいはいと聞いてくれる、おじさんを連想する。

自分が管理しているサイトでは、自分は管理人、だと、名乗る。それは、一種の謙譲語であって、他のサイトへ行ったときは、管理者サマとか管理者殿とか呼ぶことが多い。

管理と管理のニュアンスの差は、もちろん微妙で。たぶん、私一人が勝手に感じて勝手に気に入っている、呼称なのだ。

もしかすると、某ネットゲーム(PC版♪)の最強ボスキャラが“管理代行者”という名前で、ストーリーに結局直接は登場しない“管理者”が、その世界を創造し管理する「誰か」であることをうかがわせる作りになっていた…つまり、私たちの世界で「神」と呼ばれる存在とイコールだった…だけのせいかもしれないのだ。

サイトの管理者は、そのサイトを製作し、管理する。ゲームを置くのも自由、それを撤廃するのも自由だ。そのサイトの中では、管理者は、
ネ申

なのだと、…かなり本気で思うのだが。

現実は、なかなかそうはいかない…ように見えることがある。


まあ、神という言葉を使うと、多少とも、ヒカレるのは私も覚悟の上なので。

多少(?)、話のレベルを変えてみよう。

私有地の庭があったとする。持ち主サマが、楽しげな遊具を置き、遊んでいいですよ、と開放する。
あそこが壊れています、あそこが危ないです、ここはこうしたらいいと思います。遊びに来た人間がいう。
持ち主サマは、"事故"がないように、そして、もっと楽しくしよう、と、改良をする。
それは持ち主サマの好意であって。義務ではないのだ。

サイトも、私有地だ。上の例えと変わるところはない。


ところが。


EBの管理者サマたち、とくにすぐれた改造のEBの管理者は、なぜか、
「更新できなくて、ごめんなさい」
「改造ができてなくて、すみません」
とか、口になさる。

本気じゃないんですよね。
リップサービスなら、いいのですが。

でも、ときどき心配になって、正面から言いたくなるのです。

遊ばせていただいているご好意には、感謝していますから。
ご自身の私生活のための時間を、なにより大事にしてくださいまし。


アチラサマが少し苦いから。こちらは少し甘めのモノを書こうと思っただけのはずだのに。なんかイヤタラシイものになった…。修行が足りないねぃ