コロナウイルスの為に大変な影響を受けている方々にお見舞い申しあげます。

 

日本はまだロックダウンに至っていませんが、時間の問題かと。

時間のあるうちに、引きこもり生活に備えることをお勧めいたします。

買占めにならない程度にモノを準備するといいかもしれませんね。

 

今後、JWの間にも肺炎等でお亡くなりになる方も出てくるかもしれません。

海外ではすでに犠牲になられた方もおられるでしょう。

 

さて、JWは仲間が事故や病気や老衰などで亡くなると、決まって言うセリフがあります。

 

「○○姉妹(兄弟)は今頃、楽園で復活して完全な健康を楽しんでいるでしょうね!」

 

どこか別の「楽園惑星」にワープして復活した、と言っているわけではありません。

JWの信条では、死者の状態は深い眠りのようなものだから、死んだ状態の時間は当人にとって一瞬にしか感じない。

だから当人の時間軸で考えれば、我々の「今」は、その亡くなったJWにとっては未来の楽園で復活した時と同じである。

 

過去------------現在-----------楽園 ←生きているJW

過去--死(停止)--楽園             ←死んで復活したJW

 

図にするとこんな感じで、復活した当人が時間の流れをどう体感するかを想像して、そう言うわけですね。

 

遠い未来か、近い未来か分かりませんが、思いを馳せて亡くなった友人のことを考えるわけです。

何も悪いことではありません。むしろ心温まる思いがします。

 

でも!ですよ。これって・・・

「死んだおじいちゃんは今頃天国で幸せに暮らしているんだね」

という他の宗教の方々と、何の違いがあるのか?ってことです。

 

JWがイケないのは、このような他の宗教の信条を否定しバカにさえする、という点です。

我々は聖書から死者の状態についての真理を知っている、死んだ人の真の希望も知っている。

死んだら天国にいくなどというのは偽りであり愚かな考えだ・・・そう思っています。

 

まあ、一部(「統治体」なる人たち等)が死ぬと天に行くと信じているあたりで、すでに誤差の範囲でしかないと思いますが・・・

 

でもこの「死んでも楽園で復活する」という信条は、JWにとって信仰の土台となる、まさに重要な教理です。

これがあるからこそ、輸血を拒否して死ぬとしても、迫害で殺害されても、信仰を決して捨てない強さを持つことができます。

 

希望を抱くこと、これは何も悪いことではなく、強く生きる力になるならとても良いことだと思います。

信仰は自由です。

でも、それが命を粗末にする方向に働くなら別です。

JW信条の大きなマイナス点はここにあると思います。

 

「今頃(つまり将来)は楽園で復活」・・・これは信仰です。でも「証拠に裏打ちされた事実」ではありません。

だれか人類の一人でも「実際に復活して、すでに2~300年ほど生きています」という人がいますか?

復活が多数の科学的な証拠によって証明された事実がありますか?

そんなものはありません。

 

確かに、聖書にはそのような記述があります。でもあくまで、聖書という宗教の聖典の中の記述です。

信仰によって読むべきものであって、科学的証拠ではありません。

信仰こそがそれを事実だと証明する・・・JWの論理はこんな感じですが、つまりは「信じる者は救われる」ってだけです。

「天国で幸せにくらしている」ということと、1ミリも違いはありません。だれも証明などできないからです。

 

でもJWは違う、と主張します。楽園と復活は事実だと。実際に起きることだと。

信仰は尊重されるべきものです。だったら、他の人の信仰も同様に認めてはいかがですか?JWの皆さん。

何の科学的根拠もないのに、「自分たちの信条だけが正しい」と言えるわけないですよね?

まあ、宗教というものは大抵そういう主張をするものですが・・・

JWは自分たちは科学的にも正しい宗教だと自負しているのだから、復活に関してもそのスタンスを貫いてほしいですね。

 

でもいいんです、宗教なんだから。

ただし、さっきも言いましたが、それがマイナスに働いて命を粗末に扱うようになるなら話は別です。

JWは悪名高い輸血拒否の信条があります。

これは、もし神の命令(実際は組織神の命令なんですが)に逆らって輸血などすれば、永遠の滅びに至ってしまう・・・

だから、神に背いて今の短い命を救うくらいなら、死んで復活して楽園で永遠に生きる方を選びます、となるわけです。

 

今の命はどうせ偽物。だから救おうと必死になる必要なんてない。どうせ楽園で完全になって永遠に生きるのだから。

この考えは「食べたり飲んだりしよう。どうせ明日は死ぬのだから」と主張する聖書の中で否定されているグループと、なんの違いもないと思えるのですが?

 

終わりの日、ハルマゲドン、楽園・・・これらの考えがいつも目の前にぶら下がっているものだから、きちんとした将来設計ができないJW諸氏。いいかげんに目を覚ますべき時では?

 

「死んだら楽園で復活」の希望も、「死んだら天国でくらす」という希望も、科学的証拠がない点とあくまで信仰だという点では、どちらも優劣無いですよね?

 

是非、今の命を大切にしてください。それとしっかりした将来設計もしてくださいね。