文化祭といっても、各クラスの合唱がメインで行われる。
誠一のクラスも曲を決める中、1人の女子が手を挙げる。
周りのクラスメイトよりも積極的に宮﨑めぐみに話しかけていた人だった。
「曲、作りませんか」その問いかけにクラスが静まり返る。
彼女曰く、宮﨑めぐみのことを思って、提案したらしい。
宮﨑めぐみが不登校になって、クラスの幾人かは心配していた。女子の中には、男子が何かしたんじゃないの? と疑う人もいて、クラス内が少しぎくしゃくしていたときに、この案が出された。
誠一も交換日記が途絶えてから、家が隣なのに何もしていなかった。
曲なんて作ったことがある人なんていなく、反対の声も聞こえた。
もう文化祭まで1ヶ月くらいしかないのに、メロディーも歌詞もとなると、到底間に合わない。
合唱コンクールでは、1学年ずつ課題曲が決まっており、さらに1クラスずつ、好きな曲、つまり自由曲を歌う。よって当日は2曲歌うことになるのだが、既存の曲に収まるのが普通だった。というか、自分たちの手で曲を作りそれを発表するなんて前代未聞だった。だから先生も反対するだろうとクラス中思っていたが、先生が「面白いな!」とその女子の案に賛同し「合唱コンクールの運営委員会に掛け合ってみるよ」と付け加えた。
許可が下り、歌詞やメロディーが出来たとして、あと1ヶ月しかないのに皆で歌いあげるまで行くのか、という不安が皆の心にあった。
しかし、彼女の提案に賛成する人も現れる。
次の日の朝の会。先生の話によると、やはり合唱コンクールという企画での発表は既存の曲のが好ましいということになったらしい。しかし、合唱コンクールとしてではなく、文化祭のクラスの出し物としてならいい、ということだった。
放課後、賛成派が集まり話し合う。
歌詞なんか作成したことがないから、まずはどんな歌詞にするか皆で意見を出し合い、黒板に書いて行く。
やはり、宮﨑めぐみに向けての歌だから「声が出せなくても、気持ちが通じているなら、それでいい」「声が出なくても、皆は君を裏切らない」「声が」「声に」「声を」と、声に関するメッセージが多く上がった。
メロディーも暗い曲調ではなく、明るい元気が出るようなメロディー。
楽器を弾ける人同士集まり話し合ったり、休み時間、放課後誰かの家に集まり練習したりと、毎日毎日、作詞作曲に挑んだ。
誠一は家が隣同士だから、当日ちゃんと来るようにと、招待状を作った。
文化祭当日。誠一は、事前に宮﨑めぐみと母親に文化祭のプログラムと招待状を渡すが、返事をもらわぬまま、この日を迎えてしまう。
まず初めに、合唱コンクールで舞台に上がったが、緊張と歌うことに集中していたため、会場を見渡せなく、宮﨑めぐみの存在に気づかいないまま、クラスの出し物の準備が始まってしまう。
クラスの出し物を発表するため、袖裏で待機していると、1人の男子が、小さな声で皆を呼ぶ。
どうやら、会場に宮﨑めぐみがいたらしい。
その瞬間、皆で円陣を組み、士気を鼓舞させ、舞台に上がる。
次の日。クラスに行くと、宮﨑めぐみの机の周りが賑わっていた。やはり、賑わいの中心には、宮﨑めぐみの姿があり、誠一も嬉しくなって、輪の中に入った。
机の上に開かれたノートがあり、そこには「ありがとう」と書かれていた。
久々のクラスの全員が揃っての学校を過ごし、少しだけ気分を高揚させたまま学校を終え、帰宅しベッドに横たわり転寝しそうになっていると、インターホンが鳴る。
母は夕食の準備で手が離せなく、誠一に「出てくれる?」と頼まれ、仕方なくドアを開ける。
そこには、宮﨑めぐみが立っていた。
宮﨑めぐみから無言のまま交換日記を渡され、再びやり取りを行うようになる。
宮﨑めぐみが毎日登校するようになり、皆も話しかけ、しっかりと宮﨑めぐみが返答を書き終えるまで待つ、そんないい雰囲気の中、冬休みが訪れる。
皆の進路が決まり、誠一も宮﨑めぐみと出会ってから、勉強にも身が入るようになり、少しだけ偏差値の高い高校を受験することとなった。
冬休みに入り、勉強に身を投じようとする中、交換日記で目を丸くする報せを告げられる。
『みんなには内緒で』と出だしに書かれ、その文章は始まった。
そして声が出なくなった原因を知る。
皆が疑問に思っていたこと。それは、産まれたときから声が出せなかったのか。又は、急に声が出なくなったのか。皆が知りたかったことだけど、遠ざけていた疑問。
それを自らの意思で書いてくれるということは、誠一のことを信頼してのことなのだろう。誠一は、椅子に座りその日記を読んだ。
『今、私は母と2人暮らしですが、小4の頃まで父親がいました。
3年の夏くらいまで優しい父親でしたが、父親が務める会社の不振が続き、日に日に父親が落ぶれて行き、最終的には母や私に暴力を振るうようになりました。少しでも音を立てれば暴力を振るわれ、次第に私は声を出せなくなりました。それを心配した母は、弁護士と相談し父親と離婚することがきまり、ここに引っ越して来ました。
今でも再び声を取り戻せるように、月に2回ほどカウンセラーに行くのですが、声を取り戻せる方法が見つからずに、今まで過ごして来ました。
そして先日、カウンセラーの先生から今の環境では声を取り戻すことは難しいでしょう、と言われ、失声症の原因の一つは心的傷害であり、原因を作った父親から離れて暮らしていても、東京から出ない限り、またどこかでばったり出会う可能性があり、その不安が少しでもあるため、そのせいで今でも声が出ないんだと話されました。
それを聞いた母は、数日悩み、私の声を取り戻すために母の故郷である宮城県の蔵王町に、卒業したら引っ越すことになりました。
新しい環境での学校生活に不安を感じ、学校に行かないこともありましたが、みんなが文化祭で私のために歌ったのを見て、勇気をもらいました。本当にありがとうございました。』
最初は誠一もこのことを秘密にしていた。このことを話すと、自分が交換日記をしていたことがバレてしまうため、それも隠しておきたかった。
しかし入試が終わり、卒業が近づき、皆に話してしまう。
友人からは、交換日記していたことをからかわれたり、冷やかされたり。
女子からは、私たちも誘って欲しかったな、という声も聞こえた。
そして、宮﨑めぐみには内緒で、お別れ会を開催することになった。
そして、お別れ会当日。宮﨑めぐみに、卒業するからその思い出として皆で集まる、と嘘を吐いて、友人の家に向かう。
インターホンを押すと、母親が出てきて、リビングに案内される。
誠一は宮﨑めぐみに、ドアを開けるように促し、ドアを開けると、クラッカーが鳴った。
お別れ会は盛大に盛り上がった。
最初は戸惑っていた宮﨑めぐみも、皆とゲームをしたりして、そして遂に、宮﨑めぐみの笑顔が見られた。
会も終盤。宮﨑めぐみから一言、ということで誠一は交換日記をしていたノートを渡す。
戸惑いながらも、会に居合わせた1人1人にありったけの思いを綴る。
書いている途中で、ノートに数滴の雫が零れる。これも初めて見る、宮﨑めぐみの涙だった。
皆がノートを回し読みして盛り上がっていると、掠れた声で「ありがとう」と、誠一の耳に入る。
誠一が「ちょっと静かに!」と皆を黙らせ、宮﨑めぐみに顔を向ける。
「喋った?」
宮﨑めぐみ自身、驚いているが、改めて力を振り絞り「あー」と声を出す。今まで頑張っても出なかったはずの声が出た。
その瞬間、皆が歓喜し、宮﨑めぐみは、声を出して泣いた。
会が終わり、友達とも別れ、宮﨑めぐみと2人で帰路に就く。
宮﨑めぐみは、誠一に促され、玄関を開け「ただいま」と声に出す。
母親は久々に聞いた声に、玄関まで駆け寄って来た。
誠一は声が出たことを話すと、母親は泣き崩れ、誠一に向かって「ありがとう」と何度も言った。
そして卒業し、先生も含めた皆が、東京駅に集まった。
そして宮﨑めぐみが「じゃあね」と一段と輝いた笑顔で手を振り、皆も「またね」と何度も言って、2人の背中が見えなくなるまで、見送った。
誠一が家に帰ると、母親から1枚の手紙をもらう。
そこには、引っ越し先の住所が書かれており、今もなお、交換日記は続いている。