5年前の今日、義理の父が旅立った

一人暮らしの義父の家の隣に

我が家は家を建て

いわゆる敷地内同居


義父との時間は限られていた。 

私はいったんヘアサロン💇🏼‍♀️の職場を離れ

ブライダルのヘアメイクに専念して

家族との時間を作れるスタイルを選択した。


元気な時は毎日ご飯を届けたり、

一緒に食べたりしていて

つい1週間前まで自分で通勤していた。


介護が始まって、


自宅で過ごしたいという

父の意思を尊重し


在宅介護のをスタートすべく


5年前の今日の朝

訪問医の問診があり、

自分でしっかり症状を伝えていて

安心したものの


医師から長くないないと告げられ

なんとも受け取りきれない言葉。


医師が帰り


2歳の娘の顔を見て言葉を交わした後

父は目をつぶって

その後、目を開ける事はなかった。


昼には声をかけても起きず

昼過ぎに呼吸が弱くなり

これは様子がおかしいと感じて


病院に電話をし


医師に来てもらい


「ご家族を呼ぶようにと」告げられて


県外にいる夫や家族に連絡した。


夜、息子2人の帰りを待っていたように

2人揃ってまもなく、

天国の義母の元へ旅立った。



看護師さんに

「耳だけは最後まで聞こえますから」といわれて


この日一日父と過ごして

感謝をたくさん伝えた。



生前、義父は人とのご縁を大事にし

葬儀には何100人に見守られ

父らしい葬儀になった。


それから3ヶ月後の 

2月世の中はコロナが始まった。



コロナが始まる事を察知したかのように

葬儀にはたくさんの人が来てくれて良かった

迷惑かけないように

あのタイミングを選んだのかな

と、いろんな想いが巡った。




コロナ禍で店頭からマスクがなくなったり

騒動があったものの


父のために用意してあった

たくさんのマスクと消毒が

我が家を助けてくれた。



父が旅立った後、

抜け殻のようになった私。


ある日ふっと今後の、自分の人生に目を向けた。


今まで夢を叶えてずっと

好きな仕事もしてきて

自分の好きな事で生きてきた

仕事🟰人生✨



だっただけど、子供や家族と過ごす時間を

大切にしたいと心から思った。


それから3ヶ月後コロナが始まり

オンラインの世界に出会った。


父が旅立ち

私は自分の新たな生き方に目を向けて

新たな世界に導かれ今がある。


今、ある命

今、ある当たり前に

感謝して過ごしたい。