あだフレ広場

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合唱の魅力を語り合いましょう!

 AIの発達で、教師は生徒学生に作文や論文の課題を出しにくくなっています。と言うのは、AIを使えば、どんな課題であろうと、たちどころに答えてくれるからです。これは、論理的な文章ばかりではありません。今や俳句や短歌だって作ってくれます。課題はそれを写せばいいのですから楽なものです。教師には困った時代になりました。まさかこんな時代が来るとは!さて、学校の教科は、主要教科と実技教科に分かれています。もちろん、主要と言うくらいですから、国語・算数・理科・社会・英語が重視されています。しかし、これはAIで何とかなってしまうものばかりです。AIを相手に一人でも学べます。それに対して、実技教科はその人が実際に体を使ってやるしかありません。ならば、これからは実技教科を主要教科にしたらどうでしょうか。具体的に言えば、主に、書道、手紙の書き方、実験の仕方、フィールドワークの仕方、絵の描き方、彫刻や陶芸の仕方、歌い方、合唱、楽器の弾き方、合奏、ダンス、スポーツ、武道などを習うのです。だって、これこそ教師から教えてもらいながら自ら実践しなければなりませんから。以上は、決して奇をてらった話ではありません。そんな時代が来ています。ただ、それでもどうしても必要な教科があります。それは、AIを批判する思考を教える教科です。と言うのは、AIが出す答えは、決して正解ではないからです。言わば、常識的、一般的な考えです。したがって、必ずしも正しいとは限りません。たとえ間違っていなくても、不十分な答えです。言わば、思考のスタート時点とも言える考えです。だから、それを教える教科は必要です。いずれにしても、曲がり角の時代になりました。そんな中、私たちは合唱という確かな道しるべを手にしています。(Y)

 桜が咲き始めましたね。『古今和歌集』に在原業平の歌として次の歌が載っています。「世の中に絶えて桜の無かりせば春の心はのどけからまし」有名な歌なので、一度ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?意味は、「世の中に全く桜が無かったら、春の心はのどかだろうになあ。」つまり、春になると、人は桜が気になって落ち着かないと言うのです。しかし、こう言っても、桜を否定している訳ではないことはわかりますよね。そんなことを言ったら、恋だってしない方が良いことになります。上の歌をもじって言えば、「世の中に絶えて恋だに無かりせば人の心はのどけからまし」になります。桜も恋もハラハラドキドキさせるところがいいのです。でも、実はこの歌には「渚の院にて桜を見て詠める」という詞書きがあります。これを加えると、別の意味になります。ここには、天皇になれなかった惟喬親王という失意の人が住んでいました。業平はその人を慰めるために詠んだのです。「桜」は天皇の地位を暗示しています。すなわち、こんな風に。「あの誰もが愛でる桜だって、人の心を落ち着かせなくさせるという欠点を持っています。いい面ばかりではありません。天皇の地位もそれと同じことです。就く前も就いた後も絶えず心を悩ませます。その地位に就かないからこそこうしてのどやかに過ごせるではありませんか。」考えてみれば、「世の中に絶えて桜の無かりせば春の心はのどけからまし」の意味は、皮肉が効きすぎて屁理屈って感じがしませんか?なのに、歌の調べが良いから、名歌なんだろうと思い込んでしまいます。しかし、物事は一歩踏み込んで考えるべきです。何事も「待てよ」が大事です。(Y)

 この一年、腹痛に悩まされています。耐えられないほどの痛みではありませんが、鈍い痛みがずっと続いています。最近は、背中にも痛みが広がりました。一時的に治ることもありますが、また復活します。昨日は、胃カメラを撮りました。血液検査も超音波検査もしました。遂には、CT撮影もしました。けれど、異常無しで原因が特定できません。だから、薬の出しようがありません。まあ、それでも医師は見当を付けて出してはくれました。けれど、予想通り効きません。ただ、寝込むほどではないので、普通通りの生活をしています。もちろん、パフォーマンスは落ちます。気力は落ち、頭も働きません。数年前に書いたものを読み返してみると、その差は歴然としています。その頃は、1日にして次のような短歌を作っていました。〈ありきたりいつもどおりと思へども一家団欒肉じゃがを食ふ〉〈いかにして崩すことなく柔らかく頭使うか肉じゃがのごと〉〈塩加減匙加減より味変はる何かを知れば心も変はる〉〈夜も昼も心操ることばかりコピーライター・オレオレ詐欺師〉〈How much? 万能尺度手にすれば価値反転す愛も無価値に〉よくも作ったものです。今は到底作れません。年のせいなのか、病気のせいなのか。衰えたのは体力だけではありません。知力が衰えます。健康年齢というものがあります。男性の場合、72歳だそうです。これは私の今の年齢です。私は、今が曲がり角なのかもしれません。でも、何とかこれに抵抗したいものです。そこで、合唱を生かして、暗譜しようと思います。春ふれでは、暗譜して歌います。楽をすれば、衰えるばかりですから。(Y)