からんころん からころからり 下駄の音だけ鳴り響く


「決して妾から離れてはいけないよ。この鬼火は自身の光が届く距離しか守ってくれないからね」

香坂 愛の五歩前を歩きながら、提灯の中で揺れる青い炎を見せる。

「もし、離れてしまったらどうなるんですか?」

「此処にいる邪な魂共に囚われて、永遠に彷徨う事になってしまうねぇ。転生出来る魂を、此処の魂共は妬み憎んでいるから」

魂共、という言葉を聴いて香坂 愛は顔を上げた。見渡す限りの暗闇と、暗闇に浮かぶ醜く歪んだ顔。

「この人達は、生まれ変われないんですか?」

「此処にいる限り、未来永劫無理だねぇ。罪を犯したんだから、罰は必要だよ。執行猶予が切れるまでに誰かが迎えに来てくれない限り、輪廻の輪の中に還る事は決して出来ない」

「その、執行猶予が切れたらどうなるんですか?」

「執行猶予の切れた魂は、妾と輪廻が喰べて処分するんだよ。罪には罰を。それに、誰にも迎えに来てもらえない魂なんて、地獄も彼の世も、此の世さえもいらないのさ。どんな人間も、罪を犯せば平等に裁かれる」

「どんな罪を犯したら、ここに堕とされるんですか?」

歩く速度を落とし、彼岸花は香坂 愛に振り返る。不気味で、それでいて妖艶な微笑みを湛えながら。

「なんとなく、分かっているんじゃないかい?殺人だよ」

「やっぱり、そうですよね」

「それともう一つ。最も重い罪が自殺。まだまだ寿命のある、生きられる人間が自分勝手に自ら己を殺すのだから、当然だと思わないかい?どんな理由があれ、他人であれ己自身であれ、殺人は重罪。人を殺せば、人は終わってしまうんだよ。其処にどんな理由があろうと、ね」

「……そういえばここは、そもそもなんなんです?」

「…………そうだねぇ、此処は狭間と呼ばれてる場所だよ。彼の世でも此の世でも地獄でもない、何処でもない場所。此処はね、捨てられた者が堕ちる場所なんだよ」

「捨てられた?」

「そう。罪を犯し世界に不要だと判断され捨てられた者が堕とされる、そんな場所なのさ。でも同時に、人に傷つけられた動植物の魂や人ではない者達が、傷を癒す場所でもある。人にとっては地獄より酷い場所でも、それ以外の者にとっては癒しの場なのさ。君も、危ない目に遭った筈だよ?」

「確かに、木や蔓に襲われたり、幽霊に襲われたりしましたけど……なんとか無傷で逃げ切れました」

「そう、迎えに来た者も、此処には安全なんてないんだよ。動植物達は人に強い恨みを持っている場合が多いからねぇ。罪人共は、転生出来る事への妬みで、此方側に引き摺り込んで彷徨わせようとするのさ。引き摺り込まれた魂は癒しの場でも彷徨う。彷徨う者が彷徨う者を増やす。そんな事をしたって、変わらないのにねぇ。五人に一人は、彷徨っているかな」

「彼岸花さんはここの管理人なんですよね?襲われないように出来るんじゃないですか?」

「出来ないよ。妾の管轄は罪人の場だけだからね。癒しの場は妾の権限では対処出来ないんだよ」

「……そうなんですか。すみません」

【ひひ。本当この嘘吐きめ。狭間全てがオレ達の場合だっつうのに、よく言うぜ】

「嘘吐き小娘に本当の事を言う必要ないだろう?それに、嘘と言う程の嘘ではないよ」

聴こえぬ様に、人には分からない言葉で話す。

「そういえば、なんで彼岸花さんはここにいるんですか?地獄にいた鬼とも違う気がするし……元は人とか?」

「気になるのかい?妾がなんなのか?」

「……かなり」

「じゃあ、保管庫までの暇潰しに語ろうか。とある大罪を犯した鬼子と蛇の過去を」