がちゃ ぎぃ 扉の開く音

一枚の紅い紙を持った女が一人、怯えたように青年と大蛇を見つめる。

「ようこそ、お嬢さん。よくここまで辿り着けたねぇ。無傷でここまで来れた迷い人は久し振りだよ」

目を細め、顎に指を添え、微笑みながら品定めするかのように女を見る。胸まで伸びた黒髪と黒い瞳。白を基調とした花柄のワンピースに身を包んでいる。

「現代人か。若いのに、殺害されて死ぬなんて、不憫だねぇ」

ぽつりと、輪廻だけに聴こえるように呟く。

「あ、あの……!貴方は、彼岸花さんですか?」

「そうだよ。妾が彼岸花だ。取って喰いやしないから、そんなに怯えなくていい。さ、その証明書を見せてごらん?まだ執行猶予が切れてなければ、一緒に帰してあげるから」

差し出された手に、女は恐る恐る紅い紙を手渡す。

「香坂 愛さん…ね。連れ帰りたい者は……」

紅い紙は彼の世の鬼が発行する、彼岸花のいる場所に行く事を許可する証明書。
紅い紙には名前と、連れ帰りたい重罪人の名前。そして、連れ帰りたい理由が書かれている。

「おやまぁ。この名前、いいのかい?」

「いいんです。転生する前に彼の事を許したくて、だから」

「まぁ、妾は構わないけどね。執行猶予が切れてないから、連れて行ってあげよう。提灯の炎を交換して来るから、ここで待っていて」

下駄を脱ぎ、奥の部屋に消える彼岸花。それを表情のない目で見つめる香坂 愛。

「全く、嘘吐き小娘め。女って生き物は嘘吐きが多いねぇ。許すなんてどの口が言うんだか。鬼に教えてもらえなかったんだねぇ。妾には本当の理由が視える事」

提灯の中にゆらゆら揺れる緑の炎を掬い、棚から取り出した瓶の中に、緑の炎をそっと入れる。

【まぁ、教える必要もないしな。で、あの女はなんで、自分を殺した男を迎えに来たんだ?】

「復讐の為だよ。あの子は若くして殺害されたのを考慮され、転生の順番が早くなり転生後の記憶の保持を許されたのさ。だが男は重罪人。あの子の希望であの子と同じ日に同じ場所で転生出来ても、記憶は保持されない。さて、此処まで言えば、輪廻なら分かるんじゃないかい?」

別の棚から取り出した瓶の淵を提灯に傾け、中に入っていた青い炎を提灯に移す。

【ひひ。つまり、同じ様に殺してやるって事か。おっかないねぇ。しっかし、あの女知らないのか?人を殺せば狭間逝きだって】

「ただの人の子が、知る訳ないじゃないか。ただ地獄に堕ちると思ってるだけだよ。本の中で何百年もじりじりと灼かれる苦しみに苛まれて、消化されるまでの間妾達の腹の中で、殺した相手の痛みを味わい続け、消滅する事になるなんて、此処に捨てられなければ知る由もないよ」

【ひひ!どんな理由であれ、人を殺せば終わりだもんな】

「自殺者なら家族が迎えに来る可能性があるけど、殺人者は家族にさえ捨てられる可能性が非常に高いからねぇ。ま、妾の知った事じゃないけどね。あの子が復讐に走って此処に捨てられようが。さて、行こうか」

【そうだな】

襖を開け、青い炎の揺れる提灯を持ち、香坂 愛に微笑んだ。

「さ、行こうか」