入籍して5年ほどが経ったころ、

父が末期癌であることがわかりました。

 

突然の報せ。

 

電話でそれを伝えてきた妹は、

混乱のあまりほとんど言葉になっていませんでした。

 

このとき宣告された余命はたった3か月。

 

当時僕はまだ30代なかばで、

こんなに早く両親を失うことになるのかと

目の前が真っ暗になりました。

 

父は、内心はどうだったかわかりませんが

表面上は落ち着いたもので、

自分の死後のことをいろいろと準備し始めていました。

 

そんなさなか、父、妹、妻、僕の4人で食事に行きました。

いろいろな話をしました。

亡くなった母のこと、僕ら兄妹が子どもだったころのこと、

父自身のこと。

 

ひとしきり話し終え、

父は曇りのない表情で「いい人生だった」と言いました。

 

そして、上を向き、目を潤ませて

「孫はいないのかとよく聞かれてなあ…」とだけつぶやきました。

 

それとなく察してはいても、明かされることのなかった父の本音。

夫婦で話し合わないといけないと思いつつ、躊躇ってきた問題。

 

 

帰り道、妻の方から「子ども作らなきゃね」と言ってきました。

残酷な現実を突きつけられた僕ら夫婦は、

ここに至ってようやく子作りを始めることとなりました。

 

妻はこのとき42歳になっていました。