恐ろしい 飢狼渦巻く この世界 こいつが議長 ある意味平和
この2つの国は、アブラ確保の為には何でもする。
自らの国益に叶う事なら何でもするのは、国益に反してまで謝罪を繰り返すより、「国として」は
健全だと思う。
米国の市民の中には、日本への核爆弾投下を間違った事だと認める人もいる。
しかし、米国の指導者は戦争を終結するためと称して正当化を図る。
間違っても、謝罪などしない。
金輪際しない。
軍事施設などない住宅街を焼け野原にする目的の「東京大空襲」。
爆心地周辺を殺しつくし、焼き尽くす核爆弾の投下。
これは明らかな「明確な証拠」のある「犯罪」である。
米国の指導者が「犯罪」を認める事は有り得ない。
国際常識では、「謝罪と保障」がセットだ。
自分が悪くても、相手が悪くなくても、ゼニカネを求めるためのツールとして、まず謝罪を求める。
河野洋平という人物は、市井人としては典型的な好人物なのかも知れない。
しかし、市井の民間人の感性で政治をされたら、飢狼がウヨウヨいる国際政治の世界では、喰いモノにされるだけだ。
このような人物が、三権の長のひとつの椅子に座っている。
他国の言いがかりに対して、証拠もないのに軽々に「河野談話」などを発する。
教科書の書き換えなどなかったのに、謝罪した「宮沢談話」と並び、罪万死に値する。
両談話は、日本国民に対する犯罪であろう。