午前、町田にあるホームセンター・カインズホームに
行ってきたが、途中の町田街道では警察官がいっぱいいました。
何か事件があったのでしょうか、道路沿いでパラパラと歩いているのですが
何か探しているのでしょうか

オバマ大統領の訪日からみの
警備とも思いませんが、このあたりは関係ないでしょうし・・・

夕方、早めの夕食を食べていたとき
テレビで「僕たちは昭和に生きた」という番組を何気なく
みてました。52歳ほどの作曲家の
昭和を生きた軌跡を辿る番組でした。

私らはもっと先輩です。
昭和30年代半ば過ぎから、東京の街を
彷徨って?いました。

この定期券の中に私の昭和がいっぱい詰まっています。
この定期券に書かれた沢山の地名、そしてデザイン、それらから
読み取れる沢山の情報、そして何もかもが懐かしいです。



祐天寺は、東横線で渋谷から代官山、中目黒、その次の三番目です。
その次が学芸大学、都立大学、自由が丘、田園調布、多摩川園前、そして
多摩川を超えると新丸子、武蔵小杉と続きます。

渋谷には下駄ばきで
電車ではなくバスでよく出かけたこともありました。
当時、東横線の電車は緑色の車体が主で
ジュラルミン製の車体も少し走るようになってました。

渋谷駅の構内でよく街頭テレビをみました。
そう力道山のプロレス、何百人もの人だかりでした。
渋谷のリキパレスではボーリング場があり、紐のついた
ピンが使われていました。

なにもかもドンドン変わる時代でした。
みんな目に見える変化でした。今のデジタル技術の
進化も物凄いものがありますが

目に見える変化の時代はやっぱり
活気があり、ワクワクするものでした。