満州の歴史を遡ると
限りなく平原地域であった。
モンゴル系やツングース系の
民族が多く、漢民族も含めた
多様な人種が統合した、国家であった。
そう、歴史的事実として
古来より国家である。
昭和7年、関東軍によって
満州国が建国されたのち
日本から軍隊のみならず
多くの移民が満州へ渡った。
日本人ばかりではなく
露人・蒙古・中国・朝鮮が暮らしていた。
政治的な意味合いとして
五族協和と位置づけられるが
民の立場になれば
新天地で可能性をもとめられた
ユートピアの世界であった。
当時この国の最大の魅力は
南満州鉄道である。
その経営は多大な利益をもたらすからだ。
だか、いつの時代も
利益にともなる利権争いは起きる。
日本政府の思惑とは裏腹に
鉄道の利権を、アメリカも狙っていた。
アメリカから共同経営を要求された
日本は、最終的に仮契約を白紙に戻した。
日本陸軍が最も警戒心を抱いた国は
ソ連だと言われる。
仮想敵国のソ連への意識が
満州を手放せなかったのかも知れない。
ノモンハン事件をみても
関東軍の暴走劇が悲劇を生んだ。
したたかな鷹国は爪を隠す。
アメリカはすでに日本のみならず
主要国を仮想敵国と捉えていた。
日本に対する『オレンジ計画』
を練っていた。
やがて訪れる日米開戦で
この計画は実行された。
鋭い爪をもつ鷹国に、日本は
敗戦することになる。

私見であるが、ポーツマス条約の際に
日本は南樺太のみ
領有権を認めさせれば
御の字であったように思える。
仮に、満州をアメリカに譲ればと
想定してみたい。
・アメリカは満州へ軍を配置するだろう
・ソ連と対峙する関係になる
・巨大な国同士の緊張感が続く
戦略的な意味合いで日本への意識が薄まる
列強諸国が植民地獲得を企てる時代に
日本は外交と駆け引きで
対応すべきであった。

関東軍が掲げた
五族協和・王道楽土に
夢や理想をいだくことなく
他国へ進出するべきではなかった。
軍の視点から分析してみれば
日本は海洋国家である。
そうした軍事戦略を守とするべきだった。
陸続きの大陸へ国家をつくる行為は
侵略とみなされる。
本土から離れることなく
あらゆる事態に備え
防衛力を高めるべきであった。
民を守るとはそうしたことだ。
民族の視点から
古来より日本は和の精神を築いてきた。
『和を以て貴しとなす』
他の民族にはあまり見られない
精神文化を紡ぎ
実践してきた民族に、争いはそぐわない。