SANCTUARY
3月18日の藤田閣下のブログ。
『孤独、憂鬱、怒り、それを3つ足してもはるかに上回る希望』
心にささりました。
2006年夏、僕は広告会社に行きたいと大学の就活科に申し出た。
しかし、その時帰ってきた言葉は、
「憧れだけで入れないし、やっていける業界ではない。
現に、去年まで広告業界に行った先輩は、
地方の代理店に行ったひとりだけだよ。
大手なんて無理。他の業界をみなさい」
という衝撃的なものだった。
初対面。自分のことを何もしらず、何も話していない人に、
そこまで言われた。
その帰り道、僕の心にはひとつの感情が芽生えた。
反骨心。
「道が無いなら自分が創ればいいじゃないか。
憧れだけなわけじゃない。
今までこうやって学生の希望の目をつんできたのなら、
そんな悲劇は自分で止めてみせる。
後輩のためにも、道を創って、残しておかなければ」
そんな気持ちでいっぱいだった。
それからの一年間、僕はありとあらゆる手を使った。
一日で東京の街を何往復もした。
業界の方と、どうにか面会の約束をとりつけながらも5時間待たされて、
結局会えなかったこともあった。
君、学閥って言葉知ってる?君の大学の閥なんてどの代理店にも無いよ?
これがどういう意味かわかるかい?
と言われたこともある。
某代理店で、ある程度選考が進んでいった時、
一緒にいた同じ年の就活生に、どんなコネ持ってるの??お父さんどっかの役員?もしくは党員??
と真顔で聞かれたこともあった。
帰りの電車の中で、
目標を共有できる人がいない孤独。
先が見えず、成功するなんて保障はどこにも無い憂鬱と不安。
大学名を言うと鼻で笑われる怒りと屈辱感に、いつもさいなまれた。
でも、希望と、使命感は死ななかった。
その結果、いわゆる業界の大手と世間的に言われる広告会社から内定をいくつかもらい、
その既存の大勢力に今まさに真っ向勝負を挑もうとしている新鋭広告会社からも内定をかちとった。
でも、これはけっして自分の力では決して無い。
僕の夢をまじめに受け止め、アドバイスやご指導をしてくださり、広告業界の方はもちろん、
それを取り囲むマスメディア業界の様々な会社の方をご紹介してくださった、
oob先生とotn先生、sgさん。
突然のメールとお電話だけで会社訪問を快くお受けしてくださり、
「君みたいな子は、必ずどこかしら、ウチなんかよりもイイトコロにひっかかるよ。
だから今後もその意気でがんばって。もしよかったらうちの選考にも来てね」
という身に余るお言葉をかけてくださった、新宿N社のotkさん。
初めての会社訪問が貴社で、初めて出会った業界の方がotkさんで、本当に良かったです。
たとえお世辞でも、当時の僕にどれだけの勇気と希望を与えてくださったことか。
ネット広告のすばらしさと楽しさ、可能性を教えてくださった表参道N社のsmzさん。
貴社とsmzさんに出会わなければ、ネット広告にのめりこむことはなかったと思います。
選考のたびにわざわざ顔を出してくれて、
「どう、がんばってる?:
と笑顔で声をかけてくださったことは、僕のモチベーションの源でした。
お帰りの電車の中で、わざわざご自身のノートPCを使ってまで、ES,自己PR,志望動機を見てくださり、
ご丁寧にフィードバックしてくださった、表参道PR会社B社のmnmさん。
たったひとりの就活生の為に、すばらしい会社説明会と見学会を開いてくださった六本木F社のみなさん。
スタジオや楽屋、代理店との打ち合わせスペースを見学させてくださり、媒体者から見た、
代理店の人間像、どんな人間が媒体者に好かれ、成功するか、どんな子が向いてるか、
など細かくご説明してくださった、汐留のNテレビPDのyutさん。
クリエイティブの視点からの広告を語ってくださった、新橋のCM制作会社T社nkjさん。
僕がバイトしていた100均のレジで、偶然領収書の為に出した名刺を拝見したとたん、
無礼にもその場でお知り合いになることと、OB訪問をお願いし、快く引き受けてくださった、
汐留D社のoutさん。
outさんが多くの同僚の方を紹介してくださったおかげで、雲の上のような存在だった貴社とも
関係をもてるようになりました。
渋谷C社、大手町O社のみなさん。これから先、みなさんと同じフィールドで生きていけることを
誇りに思います。去年、インターネット広告費は6000億円を超え、雑誌を抜きました。
ここまでネットが急成長を遂げられたのは、まぎれもなく皆様の努力と信念と覚悟の賜物です。
こころから、尊敬します。しかし、これからは違います。新聞を抜き、TVと肩を並べる時、
中心にいるのは、僕達です。死に物狂いで皆様の背中を追いかけます。
どうか、見守っていてください。
そして、ぼくのわがままを聞いてくれ、最優先でシフトを考慮してくれたバイト先のsmy店長、
kwbさんはじめ、2Fメンバー、
一年を通して隣に居てくれて、黙って僕の愚痴や弱音を全部聞いて支えてくれた3Fのnnさん。
そのほか総勢80にんあまりのギガのメンバー。
みなさんの温かいお心遣いが無ければ、ぼくは生きていけなかったです。わがままばかりでごめんなさい。
僕の就活で一番ご迷惑とご心配をおかけしたのは、間違いなくみなさんです。
ありがとうございました。
最後に、こんな僕の気持ちや訴えに共感し、慕ってくれて、同じ道をつづいていこうとしてくれた、
後輩のnkiちゃん、aoiちゃん、sbyちゃん、oknちゃん、risちゃん。
君達を見るたびに、自分のやってきたことが報われる気がします。
僕は一足先に行くけど、来年君達にあっさり抜かれることの無いよう、
常に君達の30倍はがんばります。
ここだけではとても書ききれないくらい、たくさんの心ある人に出会いました。
就活を始めた2006年7月時点で60件あまりだった僕の携帯のメモリーは、
わずか一年で250件を超えました。
心を覆っていた孤独と憂鬱と怒りは、
希望と、ほんのちょっぴりの誇りにかわりました。
これまでの大学生活で出会った人すべてに、胸を張ってご報告します。
尊敬すべき先輩AD-agentのみなさん。
広告会社を支えるマスコミ界のみなさん。
この世界に導いてくれた大学関係者のみなさん。
後輩を含む、大学の友人のみなさん。
学生生活のほとんどの時間をすごしたギガのみなさん。
遠くの地から見守り、やりたいことを自由にやらせてくれた家族。
みなさんのお力添えと優しさに支えられ、
tnkは本日3月22日を持ちまして、無事kuisを卒業いたしました!!
みなさんにどうやったら恩返しができるか一生懸命考えましたが、やはりひとつしか思い浮かびません。
「信頼し、尊敬できる仲間と一緒に、明日の広告業界を創る」
これだけです。でも、この気持ちだけは、10年後も30年後も変わりません。絶対に。
今日、隣にいてくれた、生まれたばかりのかわいらしい小さなAD-agentのタマゴと一緒に見た海は、
まるで僕らの希望のように、こぼれそうなくらいに輝いていました。
life is ....
好きな広告はたくさんあるのですが、毎年楽しみにしているのが、
JRA ブランド広告
です。「競馬」というと、
ギャンブル。おじさんくさい。
というイメージが先行してしまいがちですが、おそらく競馬を
ギャンブルという観点でしか捉えていない競馬ファンというのは少ないのではないでしょうか?
もちろんそういう方もいらっしゃいますが、多くの方は競走馬の駈け抜ける先に、
その馬の馬生/運命、その馬に関わる多くの人間の人生/運命、
そしてなにより自分の人生/運命
を重ねて見ているではないでしょうか。
ギャンブルだけでは語りつくせない、
馬と人のふれあいが織り成す物語。
喜びも感動も栄光も、悔しさも悲しみも挫折もある
競走馬の物語≒人間の人生
という競馬のもうひとつの本質を
JRA(日本競馬協会)は広告で見事に伝えています。
百聞は一見にしかず。
いくつかどうぞ。
【JRA2007ブランド広告web版】
http://www.youtube.com/watch?v=M_XrJXx4OYs&feature=related
【JRAブランドCM 「競馬が教えてくれたこと」60秒ver】
http://www.youtube.com/watch?v=wGNa4dP2BgM&feature=related
【JRA2008ブランドCM 「Touch, your heart.」】
ov
某100円ショップで5年間働いていたけど、
その経験を通して悟ったことがひとつある。
それは、
怒られる時の理由なんて、大抵理不尽なものなんだよなぁ・・・
ということ。
自分がなぜ怒られなきゃいけないのか納得できない時でも、
いつまでもそれにこだわってるとイライラするし、
愚痴を聞いてる周囲の人に対する影響もよくない。
なので上のように考えて、深く考えすぎないようにしています。
根がネガティブで落ち込みやすいので特にw
いや、もちろん自分に非がある時は素直に反省し、再発防止に努めます。
でもやはり、ど~しても納得できない時だってあるものだと思うんです。人間だし・・。
でも、だからといって周りの人に不平不満をぶちまけて負のオーラを撒き散らすよりは、
上のように考えて自己完結してしまった方が心理的に楽な気がするんです。
まぁ、ここらへんは人それぞれかな?