パーキンソニズムとは、振戦、筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害などのパーキンソン病類似の症候を呈する病態を指します。そのなかで、最も頻度の高いものはパーキンソン病です。

ここでは、パーキンソン病を含めたパーキンソニズムを呈する主な疾患(血管障害性パーキンソニズム、薬剤性パーキンソニズム、進行性核上性麻痺、多系統萎縮症、大脳皮質基底核変性、正常圧水頭症)の鑑別について考えていきます。
 まず、いつからパーキンソニズムが発症し、どのような経過をたどったのかという

(1)病歴を聴取します。この病歴の聴取は鑑別を行ううえで極めて重要な作業です。

・突然発症→いつ発症したかが明確にわかる。
      :血管障害性パーキンソニズム

・発症の月日が明確ではない→いつ頃から起ったのかわからない。一年前からや、半年前から少しずつ動作が遅くなったなどと答える。
      :パーキンソン病、その他の変性疾患

・亜急性発症→何日に発症したかがわかる。比較的急性に発症。
      :薬剤性パーキンソニズム

 病歴による発症・経過のパターンから、血管性障害性パーキンソニズムと薬剤性パーキンソニズムが、パーキンソン病とその他の変性疾患から除外することが可能となります。

 ◯ 血管障害性パーキンソニズムとは、以下の原因により発症します。

(i)大脳基底核を中心とした小梗塞
(ii)大脳白質を中心とする多発性脳梗塞
(iii)この両者の併存
 

症状は、姿勢反射障害、歩行障害を中心とする下肢中心のパーキンソニズムが特徴的です。上肢の振戦や筋強剛は強くなく、lower body parkinsonismともいわれます。また、歩行は、スタンスの広い開大歩行で、小刻み、すり足の歩行になります。さらに、頚や背中は屈曲することな く、真っすぐなことが多いです。
 
治療は、抗パーキンソン病薬が投与されることがありますが、反応は悪いことが多いです。パーキンソン病はドパミンを放出することができない障害、血管性パーキンソニズムはドパミンを受け取ることが出来ない障害であるためです。

 ◯ 薬剤性パーキンソニズムとは、ドパミンの受容体(主にD2ドパミン受容体)を遮断する作用のある薬物を服薬することにより発症します。
症状は、動作緩慢、振戦、筋強剛、姿勢反射障害からなり、左右差がないことが特徴的です。原因薬物の中止によって、パーキンソニズムが消失します。

 次に
(2)眼球運動を検査します。

 検査方法は、検者の人差し指で、患者の上下・左右・斜めの8方向に目で追ってもらいます。このときに、患者には頭を動かさないように指示します。
 
→眼球運動に障害がみられた場合は進行性核上性麻痺の可能性が考えられます。

 進行性核上性麻痺とは、動眼・滑車・外転神経核を支配する上位運動ニューロンが障害されます。そのため、眼球運動障害が初期から出現します。特に上下方向の障害が強く、階段や坂を下ることが恐いという下方視障害を反映した症状が特徴的です。
また、多くの症例が発症から1年以内に転倒を起こしやすくなるという早期の姿勢反射障害が特徴的です。
他には、体幹に強い筋強剛、動作緩慢、歩行障害(血管障害性パーキンソニズムと同様のスタンスが広く、小刻み、すり足歩行がみられる)がみられ、進行す ると知的機能にも障害が現れます。この知的機能障害は皮質下性痴呆の特徴を示します。すなわち、記銘力の低下よりも失念が主であり、何か聞かれてもすぐに は答えられないが、何かの拍子に思い出します。また、質問に時間がかかる精神緩慢(bradyphrenia)が特徴です。(後述する正常圧水頭症も同様 の皮質下性痴呆がみられます。)


 病理変化としては、黒質、淡蒼球、視床下核、中脳水道周囲灰白質、小脳歯状核に神経細胞の変性・脱落がみられます。また、残存した神経細胞の中に球状の神経原性変化(tau蛋白)がみられます。

 MRI画像では第3脳室の拡大、脳幹、特に中脳被蓋部の萎縮がみられます。矢状断の画像では、中脳被蓋の上方への膨らみが失われ、ハチ鳥様、ペンギン様の形態として、脳幹が撮像されます。

 治療は、抗パーキンソン病薬が投与さますが、反応は悪いです。三環系抗うつ薬に反応する症例もありますが、経過は緩徐に進行していきます。

 次に
(3)失行の有無を確認します。

失行とは、運動麻痺や、失調、筋トーヌスの異常がないにも関わらず、運動ができない状態を示します。

失行には、ここでは次の2つを確認します。
(i)肢節運動失行
(ii)観念運動失行


肢節運動失行は、手の巧緻運動が障害され、書字や衣服の着脱時のボタンの留め外しができなくなります。

観念運動失行は、歯磨きの動作を指示をしてもすることが出来ない状態を指します。ところが、実際に歯ブラシを手に持たせると歯磨きをすることが可能で す。さらに、両上肢を挙上してキツネを手で作ってみて、それを模倣させます。一側はスムーズに模倣できるが、もう一方の上肢が出来なければ陽性です。これ らの観念運動失行は、優位阪急頭頂葉と前頭葉前運動野を連絡する線維の障害で起きるとされています。
 
→これらの失行がパーキンソニズムと併存する場合は、大脳皮質基底核変性症が疑われます。
 
 大脳皮質基底核変性症とは、高次機能障害、知的機能障害、パーキンソニズムを特徴とした神経変性疾患です。
 
パーキンソニズムは、動作緩慢、筋強剛、姿勢反射障害、歩行障害が中心で、振戦は少ないです。ただし、安静時振戦から発症する症例もあり、パーキンソニ ズムから鑑別することは困難です。特徴的な症状に、前述の肢節運動失行と観念運動失行があります。また、自分の手が自分の手ではないように空中をさまよう ように動く『他人の手徴候』が特徴的な症状です。
 
病巣は、運動野を中心とした大脳皮質の萎縮、黒質、淡蒼球、視床下核の神経細胞の変性・脱落です。進行性核上性麻痺と同じく、残存神経細胞にtau蛋白の蓄積がみられます。
 
MRI画像では、非対称性に運動野に限局した高度な脳萎縮がみられます。さらに、進行すれば、萎縮の範囲は広がります。
 
治療は、パーキンソニズムに対しては抗パーキンソン病薬が投与されるものの、反応は悪いです。知的機能障害や高次脳機能障害に対する有効な治療法は現在ありません。

 最後に、
(4)パーキンソン病の様だが、パーキンソン病では起りにくい症状が前面に出現していないかを確認します。

歩行障害や無動がみられ、一見パーキンソン病の様だが、失禁や認知機能に低下がみられる。さらに、振戦や筋強剛はみられない。
 
→このような症状がみられる場合は、正常圧水頭症を疑います。

 正常圧水頭症とは、すくみ足を呈する不安定な歩行障害がみられます。
疾患が進行すると、無言無動がみられます。このため、パーキンソン病と誤診されることがあります。
正常圧水頭症は、この歩行障害のほかに、痴呆、尿失禁がみられることがあります。痴呆は、進行性核上性麻痺と同様の皮質下性痴呆に似ています。すなわ ち、意欲低下、思考緩慢、自発性の減退などがあります。また、幻覚がみられることもあり、進行すれば、意識の清明度が低下し、無言無動状態になります。
 
病因は、髄液の産生増加、通過障害、吸収低下のいずれかによります。脳室の拡大によって、白質内の神経線維が圧迫され機能障害を呈します。髄液の増加に よる脳圧上昇に対応して、脳室の容積が増大した結果、正常脳圧になった平衡状態と考えられています。原因としては、クモ膜下出血が最も多く、頭部外傷や感 染、原因不明の特発性のものも多いです。
 
MRIでは、対称性の脳室拡大がみられます。
 治療は外科的手術が行われます。脳室内の髄液をシャント手術によって脳室外へ排出します。手術によって、症状が著明に改善することが多く、正常圧水頭症の鑑別は重要です。
 
 (4)同じく、一見、パーキンソン病のようだが、起立性低血圧や、便秘、自律神経症状が強い。
 
→多系統萎縮症を疑います。
 
多系統萎縮症とは、体幹失調や、四肢協調運動障害、小脳性構音障害、筋トーヌス低下、注視性眼振等の小脳症状を主徴とます。さらに、病巣部位のちがいか ら、パーキンソニズムが前面に出現するタイプや、起立性低血圧や、排尿排便障害、呼吸障害等の自律神経症状が前面に出現するタイプなどがあります。パーキ ンソニズムが強いタイプをMSA-P、小脳障害が強いタイプをMSA-Cと分類します。〔ギルマン分類〕

 多系統萎縮症の病態は、小脳、脳幹(橋核や延髄オリーブ核など)、大脳基底核(特に被殻)、大脳(特に運動野と運動前野および白質)、脊髄中間質外側核などの自律神経関連諸核などの障害が原因とされます。

 以前の教科書では、線状体黒質変性症(SND)、シャイ・ドレーガー症候群(SDS)、オリーブ橋小脳変性症(OPCA)は別個の疾患として扱われていました。
しかし、病理学的に同じ(髄鞘を形成する神経膠細胞であるオリゴデンドログリアの細胞質内に形成されるα-synucleinが線維性に凝集し、陽性封 入体を形成することが病態に関係していると考えられています。)であるため、現在は多系統萎縮症の概念に含まれています。
 
 以上、パーキンソニズムを呈する疾患の鑑別を考えていきました。まずは最も遭遇する確率が高いパーキンソン病の鑑別を行うことが重要です。すなわち、左 右差のある振戦や筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害の症状が2つ以上あること。また、発症した日時が不明瞭で経過とともに徐々に悪化してきたこと。MRIや CTに異常所見がみられないこと。抗パーキンソン病薬に反応することです。
 

上記の方法で鑑別しますが、明らかにパーキンソン病と容易に診断がつく症例や、本当にパーキンソン病であるかが鑑別し難い症例にも出会うことがありま す。そのため、神経診察を行い、他の変性疾患ではないかを確認しなければなりません。勿論、MRIやCTなどの画像所見が必要になりますが、神経学では、 神経診察がメインであり、画像所見はあくまでも神経診察の裏付けにサブとして用いられます。ただし、MRIの画像によって、正常圧水頭症や、進行性核上性 麻痺、血管障害性パーキンソニズムは診断の大きな助けになります。しかし、多くの鍼灸師は、通常、MRI画像を見ずに診療を行います。そのため、ここで は、神経診察や症状からパーキンソニズムを呈する疾患の鑑別方法について考えてみました。

 私の母校の鍼灸大学では、深部腱反射や、病的反射、筋力測定、感覚測定を実習で学びましたが、脳神経の検査については全く実習がありませんでした。しか し、実際の臨床では神経診察を行うことは必要不可欠です。例えば、頭痛患者が来院したら、まず脳神経に異常がないか、緊急性がないのかを確認する必要があ ります。
このようなとき、神経内科医は、ハンマーと神経診察を駆使して病態を検索します。画像の読影以外は、神経内科医と鍼灸師とは全く同じ条件です。したがって、多彩な症状を訴える患者をプライマリーに診る必要性のある鍼灸師には、必須の知識であり技術であると考えます。