征矢英昭・筑波大教授と西島壮・首都大学東京助教グループの研究が、米国の科学雑誌Neuronの電子版に掲載されました。

Neuron. 2010 Sep 9;67(5):834-46.
Nishijima T, Piriz J, Duflot S,et al
[Neuronal activity drives localized blood-brain-barrier transport of serum insulin-like growth factor-I into the CNS.]

 この研究は、細胞の成長や保護に重要な栄養素となるホルモンであるIGF-1(Insulin like growth factor-1)が、脳の活動が活発な部分だけに血液中から取り込まれることを明らかにした研究です。

 脳機能を維持するためには、学習や運動などが不可欠であることを実証し、将来、認知症予防などの脳を健康に保つためのプログラム開発につながると期待されます。

 筋肉や骨の新生や機能維持に重要な役割を持つホルモン「IGF-1」が末梢のみならず、脳神経にも作用することに注目していました。しかし、血管と脳の 間には血液脳関門(blood-brain barrier)という関所があり、分子量が多いIGF-1が脳に取り込まれる仕組みは謎でした。

 ラットの実験で、ヒゲを刺激すると神経活動が活発になる脳の部分(体性感覚野;バレル皮質)だけに、血中からIGF-1が移動することを確認(偽刺激群ではIGF-1の増加はみられませんでした)しました。
 
 そもそも、IGF-1は血液中ではIGFBP3(IGF Binding protein-3)という結合タンパク質と結合し、巨大分子を形成(IGF-1/IGFBP3)しているそうです。このため、このままでは血液脳関門を 通過することはできません。そこで、血液脳関門を通過するためには、IGFBP3を分解してIGF-1を遊離させる必要がありました。

 彼らはマトリックスメタロプロテアーゼ9(MMP9)という酵素に着目しました。MMP9は神経活動が高まると分泌される物質(プロスタグランジン E2、エポキシエイコサトリエンサン、ATP)がMMP9の酵素活性を高め、MMP9がIGFBP3を分解することが知られていたからです。

彼らは実験で、血液脳関門を人工的に作成し、PGE2、EET、ATPを加えるとIGF-1の脳への行こうが促進され、MMP9の働きを阻害する薬(inhMMP9)を加えるとIGF-1の脳内への移動が阻害されました。
この結果は、彼らの仮説通りに神経活動の活性化は、複数の分子を介してMMP9の酵素活性を高め、血液中IGF-1が血液脳関門を通過する過程を調節することが示されました。

 このように、神経活動が高まり、脳の血流量が増えることが引き金となり、特殊な酵素がIGF-1の分子を小さくして、脳の関所を通りやすくすることも突 き止めました。征矢教授は「脳の神経活動そのものが強力な栄養素を取り込み、さらに脳機能が強化される好循環を生む」とのこと。

 体を動かしたり、物を考えたり、脳を活動させることは、脳内の神経細胞を栄養•保護してくれるIGF-1を取り込むことになるそうです。適度な運動や充実した精神活動は、バランスの良い食事と同じように脳の老化を遅らせるかもしれないですね。
 
 また、ラットのヒゲを刺激する体性感覚刺激でもIGF-1が脳に取り込まれたので、鍼灸治療においても末梢の血流改善のみならず、脳内での神経栄養因子が取り込まれるのかもと期待しました。