先進国で最低水準 | 名古屋の特殊印刷といえばアクトウイング

先進国で最低水準

名古屋の特殊印刷といえばアクトウイング


先人達の不屈の闘志と工夫で信じられないような発展を遂げてきた日本。


しかし、我々が生きている今この時代においては廃業率はどんどん上昇し、開業率は低下している。そして自立の時代でありながら自ら新しい事業を起こす起業家は、なんと先進国の中で最低水準である。


日本の産業の8割以上は発展し尽くしてしまったことが夢をも奪ってしまったのか。


モノが溢れ豊かな時代に哲学を持たない値下げを断行し滅びゆく企業達。値下げ断行が通用するために最低限必須となる論理も持たず、あちこちで馬鹿げた値下げが繰り返されるのも珍しくない。


コスト+利益=売価である以上、売価を下げるということは製造コストを下げなければ成り立たない。


たくさん売ってたくさん儲けたい企業の意向と

いいものを安く買って生活を豊かにしたい顧客の意向


それを合致させることは小規模企業には厳しすぎる。


需要が増加する限り規模の論理は上手くいくはずだが、人口が縮小していくのだから需要も縮小していく。当然規模は縮小する。大きなことはいいことだ!なんて規模の拡大が勝利の方程式だった論理はもう通用しない。それなのに規模の論理から抜け出せない人の多さには驚く。


価格ではなく価値

売れる量ではなく、売れる質

それはいつも少数であるはず

少数派へのビジネス展開


この発想で特殊印刷部門も高収益ビジネスにつなげてきた。

お陰様でとんでもない数字を出させていただいた。


みんながみんなが、と多数派に向かう国民性

我が国は多数が一体になったとき、どの国より大きな勇気を持っている。


しかし自立という場面で少し見方を変えれば

少数派の常識は、多数派の非常識だったりする。

つまり多数派の常識は少数派の非常識だということも少なくない。


日々労働市場のなかで闘っているビジネス戦士

サラリーマン法人という起業法もあるわけだし・・・

もっと起業というものにチャレンジしてほしい。

それとも会社のしがらみで疲れ果ててしまっているというのだろうか。


20歳を過ぎたら挑戦すら危機的思考と応援されない国民性も存在はするが・・・


子供のころは、おとうちゃん、おかあちゃん、より良くなるために勉強したいんだ。といえば親は喜んで協力してくれる。プロ野球の選手になりたい、Jリーグで活躍したい。そんな夢をも応援してくれる。


しかし、20歳を過ぎて、勤めを辞めてもっともっと社会的貢献するためにも起業したい。なんて言ったら、とたんに雲行きが怪しくなるのではないか。


20歳までは懸命に努力したにもかかわらず、夢を追いかけることを忘れてしまった大多数。人生どこからでもあきらめずにダッシュすればチャンスは必ずあることを私は知っている。


夢は裏切らない。裏切るのはいつも人間だ。