先日の記事で川島なお美さんのご主人で、またパティシエとしても有名な鎧塚俊彦さんという方が失明されたという記事を読みました。
川島さんは、昔かわいかったな~~とか(いや、今もです!)、ご主人は仕事柄甘いものをたくさん試食しないといけなかったのが災いしたのかなあ?とか、考えながら、、


(写真は川島なお美さんのブログからお借りしました)
で、僕がびっくりしたのは、ご主人の失明に至る、その病名。
網膜中心静脈閉塞症英語で言うと、
Central Retinal Vein Occlusion
なんで、こんなに難しい英語を知っているかというと、実は僕も数年前にやられちゃったんです。
この病に。
ですので、他人事ではなく、このご主人そして川島さんの今のお気持ちがいたいほどわかる(気がする、、)
聞き慣れない病気ですが、要は、眼の後ろのかなめ(中心)の血管が何らかの原因で詰まり、ひどい場合は(僕の場合はそうでしたが)破裂してしまうのです。
僕の場合、医者にまず言われたのは、
「簡単に言うと、脳の血管が詰まると、脳梗塞とか引き起こすよねえ。それが眼にきたということ」
「大変だろうけど、脳にこなかっただけでもよかったと思った方がいい」
そんな風に慰められました。ううん?
その時は全く納得できなかったですが。
鎧塚俊彦さんの少しでも早い精神的な回復(物理的にはほとんど治らない、僕の場合もそう)を祈りながら、ちょっと僕の場合どうだったか、綴ってみたいと思います。
というのも、僕の場合そろそろこの病も精神的に克服できたと思うし、
自分の気持ちの中では、だいぶ過去形になってきたし。
そのための総括(というのも変だけど、、)の意味も含めて。
長くなってしまうかもしれないけど、、
まずことが起こったのは約6年前。
ある朝普通に起きると、右目が全く見えない。
しかし痛みも、違和感も全くない。
手でこすっても、ううん、見えない、、、
しかし、この段階ではあまり深刻に考えていなかった。
そして1時間ほどしてからだろうか?
全く症状が変わらない。
で、やはり何かちょっとおかしいのかなとと異変に気づく?
ということで、医者に急いでいってみた(町医者レベルの眼科です)
(でもこの段階でもそんな深刻な病気だとは全く思っていなかった、くどいけど)
で、診察。
その後、僕はまだ比較的お気楽に先生の診療結果を待っていた。
そして順番がきて、開口一番言われました。
「あなたの病名は Central Retinal Vein Occlusion、残念だけどこれはまず治らない。SORRY!」
これだけ、、
今でもはっきり覚えています。
そんな一言で、俺の人生が終わったように言われてたまるか、、
ここからさすがに慌てました。
頭の中は真っ白。
しかしとりあえずは、かみさんにまず告白。
で、色々と自分なりに調べ、かなり難しい病気だと言うのはわかった。
祈るような気持ちでシドニーの病院、数カ所に飛び込んでも、同じ診察結果。
絶望感に変わる。
ところがどうも眼の治療に関しては、日本の方が技術は進んでいるという。
さすがに技術はオーストラリアより上のようでしたが、かなり困難な症状であることは間違いない。
かみさんと相談の結果、お金はかかるが後でやらないで後悔するよりは、納得するまでやれることはやってみようと、、。
そして日本に。
しかし、、、
結果的には改善できずでした。
失明から約2年、日本とオーストラリアを行ったり来たり、、
結局オーストラリアで3回、日本で3回も手術をしたなあ。
もうダメならダメで、次の一手を考えるしかない。
僕みたいな仕事では、運転は必須。
その運転もできないのでは、日本に帰るしかないかな?
と思った日々。
救われたのは、結局片目でも運転はオーケーだったこと。
で、人間の回復力でびっくりしたのは、確かに右目は見えなくなったのですが、左目がそれをカバーしようとする。
例えば、片目ずつの視野が90度ずつだとすると、片目がつぶれると、もう一方の眼が100度とか、110度見る(見える)ようにがんばるようなのです。
すごいですね。
さて、結局2年ぐらいは真っ暗くら状態でした。
日本にも頻繁に行かなくてはならず、仕事もテにつかない。
蓄えもなくなる。
ほぼ絶望の日々でございました、、今考えると。
この時期、気休めながら、一生懸命片目でがんばっている人を探しました。
自分の周辺とか、本の中とかで、、
たとえば、
ピーコさん
樹木希林さん
格闘家の竹田幸三さん(こういう字だったかなあ??)
古くは、伊達政宗とか、、ね。
そういえば、樹木希林さんはやはりただ者ではなかったですね。
彼女、片目がつぶれたとき、
「今までが見えすぎだったの、、このぐらいがちょうどいい」
こんなセリフをはいていました。
このことばになんと勇気づけられたことか、、
さらに、よく見渡してみると、、
つい最近亡くなった、かみさんのおやじさんは若い時に事故で片目の視力がすでになくなっていたとか、
はたまた、
僕の弟の嫁さんは、生まれつき片目が見えなかったとか、、
そんな状況でも、みんなごくごく”普通”に生活をしていたのですね。
そんなことで徐々に気持ちが落ち着いてき、普通の生活に戻ることができました。
もちろん最愛のかみさん他、身内の理解と応援が大きかったです。
今は3ヶ月に一度ぐらい地元の病院で念のため検査をしてもらっています。
まあ、ヤバい方の眼というより、むしろ大丈夫な方の眼のチェックがメイン。眼圧とか、はかってもらって異常がないのを確認してもらっています。
後は、メンタル、フィジカルとも、バランスの良い生活を送るべく、柄にもなく、ヨガをやっています。最初は義務感に近かったのですが、これは最近は、かなりハマりつつあります、、
ちょっとライフワークに近いかな、感覚として。
それからもう一つ余談ですが、
この病気は、50代以上の、高血圧持ちに多く見られると言われてます。
またなぜか男性の場合が多い。
それで、当時、肥満気味だったので、そしてそれに伴っての高血圧がひどかったのでまずは、ダイエットに挑戦。
しかしもう、半分今後の生死を決めるようなもの。
わずか2ヶ月で、あっという間に10キロ減ってしまいました。
それまでは、何年やってもダメだったのに、、、
あと、ゴルフは止まっているボールをひっぱたくだけなので、ほとんど以前と比べてもハンデーはなし。
片目のため遠近感がないので、テニスは少々つらくなってしまった。
(まあ、しかし、子供とは一緒にやってますが)
あとは、カンパイでグラスを”カチン”とするのが意外と難しい(笑)
遠近感がちょっと、、、
今は、この病とつきあいながら(折り合いを付けながら)、ゆっくりじっくり次のステップに進もうと考えられるようになりました。
そう考えると、この病も無駄ではなかったのかな、、と今なら思えます。
鎧塚俊彦さんにも、ぜひとも乗り越えていただきたいですね。
僕の好きな森信三さんが確かこんなことを言ってました。
「人生ほど公平なものはない」
ようは、考え方次第だと思うのです。
そして時間がすべて解決してくれる!!!!