こんばんは。
すぎやまです。
今日は選択理論について少し触れたいと思います。
あなたは「選択理論」という言葉はご存知ですか。
心理学の理論の一つなんですけれども、
人間の関係性を考えるときに、とても参考になる理論です。
選択理論の大枠をお伝えしますね。
①人は対人コントロールの仕方に癖(型)を持っている。
②その癖(型)は非常に強固に自己を縛っていて、
その人の対人コントロールの手法を決定づけている。
③対人コントロールの主なパターンは2つ。
④ひとつは外的コントロール・もうひとつは内的コントロール。
⑤外的コントローラーの思考の特徴は、「自分は人をコントロール出来る。」というもの
⑥それに対して内的コントローラーとは「自分を変えられる、選択できるのは自分だけ」
⑦外的コントローラーは無意識に相手を自分の思惑に従わせようとした発言をする。
⑧それは強制的・抑圧的な方法だけではなく、優しく持ち上げるような口調でも同じ。
⑨優しく褒めているようでも本当は「自分の思い通りに動かしたいだけ」で、動かないのは許せない。
⑩その他にも、「「門押せば悲報が」=文句を言う、脅す、責める、罰を与える、批判する、褒美でつる、がみがみいう。という致命的な対人信頼関係破壊の習慣化がある。
そして、運の悪いことに、「自覚している人」は本当に少ない・・・・。というものです。
つまり、いくら優しい口調で承認する表現を普段心掛けている人であっても、
思考が外的コントローラーの場合、「私は正しい、相手は間違っている。だから私の思うことをいってあげなくては。そして私の思うことを認めさせたい。私の思う通りにコントロールしよう。」という思いが心の奥に隠されているのです。
「自分はこんなにも正論をいっているのだから、受け入れなさいよ」ということです。
この「門押せば悲報が」には、さらにバリエーションがあって、
無視する、馬鹿にする、比較する、格付けする、相手の罪悪感に訴える、ひきこもる、なんてパターンでくるときもあります。
例えば、男性が都合が悪くなったときに口を閉ざして、ちょっと強い口調で
「もういい、それ以上は言うな」なんていう場合も、
本人は分別がある大人を気取っていたとしても、ある意味、
ひきこもるという行為と同様のことだといえます。
「自分には言いたいことがあるのに黙って聞いてやってる。しかし
悪いのは自分ではなくお前だ。だからもう黙れ」という理屈を、
一方的に「遮る」という行為で相手に押し付けているのです。
それとは反対に、内的コントローラー理論で生活している人は、
「耳は尊く、内は真摯(紳士)」の思考・行動習慣で生きています。
耳を傾ける、励ます、尊敬する、受け入れる、違いを交渉する、信頼する、支援する、
という7つの習慣です。
そして「私は、自分だけを変えることが出来る」というたった一つの法則を守っています。
この選択理論、(もちろんもっと実際の選択理論は内容が深いものですが、簡単に述べました。)、私も学問として理解し、最も価値ある理論の一つだと感じていながらも、
そこまで不快で明らかな「外的コントローラー」に遭遇することは最近ありませんでした。
というのも、やはり「引き寄せの法則」ではないですが、
自分が友好的な手段で人と関わっていると、自然と周りにもそういった人が
溢れてくるもので、自分が「内的コントローラーの思考回路で生きていれば、
かなりの確率で、自分の周囲も内的コントローラータイプの方が現れる、
そういうものなんですよね。
また、その昔はかなり「外的コントローラー」要素が強かった主人でさえ、
一緒に暮らすうちに、かなりその要素は抜け、
よほどのことがない限り「内的コントローラー」でいてくれてますし、
もちろん、子供もですよね。
そして、仕事のパートナーも、もちろん、というところで、ひとつ、
この前、驚く程の不快感と不信感を呼ぶ出来事があったんです。
と言いますのも、先日、その方と食事をご一緒させてもらったのですが、
私が最近、仕事が順調であったり、家庭が円満であったりすること、
子供がよい方向に成長を遂げている事などを、他のメンバーに聞かれるがまま、
真実の気持ちとして、嬉しさでもって、話しているときに、それはおきました。
最近、私と近い年齢の女性から、夫婦円満の秘訣や、仕事が上手くいくコツ、
そして子育てと仕事の両立についての秘策などを聞かれることが増えたので、
その返事をしたり、幸せであることを話していた時です。
なぜ、幸せですねといわれて、ハイと答えるようにしてるかといえば、理由があります。
これは私が、みなさんと幸せを共有し、その方にもそういう感情や環境が普通に
手に入るものなんだという安心感や当たり前感を感じて頂く為です。
自分の環境を卑下して語ることはせず、そのまま感じている思いをお話しするのです。
そのほうがその方にも「よい影響」が出ます。
「そういった前向きで明るい考えで、身近な人間関係を良好に捉えている人が
こんなに近くにいるんだ。楽しそう、自分にも出来るかも」
という認識につなげて頂きたいという気持ちから話している事です。
(人は、そういう状況が世の中に存在するということが情報としてないと、実際に、それを
自分も実現したり、感じ取ったりすること自体、難しい生き物なのですから)
そういった理屈から、自分としては、少しでも回りにも良好な人間関係・家族関係の
捉え方を伝えていきたいと考えていました。
ですから、人に自分の幸せを自慢してやろうとか、
「どうだすごいだろ、自分はなんでも上手くいってて、まいったか」なんて気持ちは
一切ありません。あるワケがないんです。
そんな状況で、話をしていた時、
いきなり、その食事を一緒にしていたある方が大声で私にこう言ってきたんです。
「すぎやまさん、ほんとに最悪だよ、すぎやまさんのために言うけど、
それはやめたほうがいい!」
「そうやって、他の人はすぎやまさんみたいに自分のことを言ったりはしてないでしょ。」
「仕事のことでもそうだし、家庭のことでも、そんなのほんとに、ばかとしか言いようがない。」
「すぎやまさんみたいな人は、このままの状況でこの先も絶対に済むわけがない。」
「絶対に不幸になる!ぜったいにやばいことが起こる。絶対にひどい目にあう!」
「もうこれは絶対。そのまま行くわけがない。みんなそうだ、そういうことをやっていると、
痛い目にあうに決まってるんだよ。」
「今日からもう、気を付けたほうがいい!絶対にとんでもなく悪いことがおこるに違いないから!」
と、次々とそういった類の言葉を連発してくるのです。
その間、何度も私はその方に尋ねました。
「えーなんでそんな言い方されるんですか」
「どうしてそんなひどいこと言うんですー?」
「えー、そんなことないですよ、絶対とか言わないでください。」
「なにがそんなに悪かったんですか。」
「そういういい方はやめてくださいよー。」といった感じで、
他にも人がいますから、怒るわけにも泣くわけにもいかない状況で、
冗談交じりに反発するのがやっとでした。
それでも、また
「いや、絶対もう間違いなく悪いことがおこるよ」
「ほんと、ばかだよなー」と言ってきます。
・・・・このとき、とっても自分としては嫌な思いをしまして、
いや、確かに、分からなくはないんです。
「自慢話をするのは賢い人間のすることではない・嫌われるだけだ」
という信念を持って生活している人からしたら、
そういう話を普通にする人が目の前にいて、その人があまり嫌われた様子もなく
その場で楽しそうに振る舞っていたら、
無性に腹が立ったのかもしれないですよね。
自分が「絶対このほうが人に好かれる、こうやったらバカだ」という考えを持っていて、
それ以外の人を馬鹿だと思っている、ということになると、
そういう行為を目の前でする人間がいたら、「注意をして、その人のために、分からせてあげなくては!」
という感情が沸いてくるという図式でしょう。
(もちろん、先ほどから再三申し上げている通り、私は自慢話をしているのではなく、
出来る限り自然に、家族との関係性を語れる人でありたいという考え方を選択して
行動しているだけで、自慢したいわけではないんです)
さて、それでどうなったか。
それから、なんとなく私もお茶を濁して、そして挨拶はしっかりと済ませ、
その店を出ました。
その時には、他の女性メンバーも同席してましたしね、
ホント、泣くワケにもいかない状況で、でも心の中では、相当嫌な気持ちになってましたね。
「絶対不幸になる!」「おまえ、そのままやってたら絶対ひどい目に合うよ」って
これって、選択理論でいくところの、完全なる「脅しのテクニック」ですよね。
蔑んで、脅して、笑って、結果優位に立つ。
そして、その場で自分の上位性を確固としたものとし、
相手に立ち振る舞いを反省させる。
相手の立ち振る舞いは、「間違っている」のだから、
自分の「成敗」はむしろ正しいことである。
という理屈なんでしょう・・・・。
しかし、言われた本人は、とてもよい反省は出来ないですよね。
そんな脅しとともに言われたら、普通に「腹が立って」
「なんてひどい感性の持ち主なんだろう、人に絶対失敗するなんて堂々と忠告出来る人って、
いったいどういう人なんだろう」という不信感でいっぱいになりました。
そして、尊敬していただけに、とてもショックでした。
そんな風に自分のことを見ていたんだと思いましたし、
そんなことを言うほど、自分のことを嫌っているんだという悲しい気持ちになってしまったんです。(その場では、笑っていましたが、何日も気持ちが沈んでしまいました)
こうして、私は、つい最近、
外的コントローラーの威力が、本当に凄まじいものだということ、
人を弱らせてしまう、人の心をかき乱してしまう対人術だということを、
自分が身をもって体験したのです。
私は、ご存知の通り、こういった世界に身を置き、
出会う皆さんに、価値観の多様化、サーバントマネージメント、そして
今説明してきた選択理論をベースにしたコミュニケーションや、コーチングスキルを
お伝えすることが仕事ですから、
当然、私と一緒にご飯を食べた方も、
どちらかといえば、そういう勉強もしっかりされてきてると思うんです。
普段はとても優しい方ですし、実際にすごくお世話にもなっているんですが、
それでも、ここというときに(お酒も入ってましたので)
こういった発言が出てきたということが、自分にとって
とても衝撃的で、悲しい出来事だったのです。
よく、「出る杭は打たれる」といいますが、
(また、「出過ぎた杭は打たれない」ともいいますね。)
こういうことなのかなと実感。
これは、自分が少しうっとうしい存在になってきたという意味で考えれば、
それだけ認められてきたということでもあり、
ひどいセリフで(冗談半分でも同じこと)脅されたのは、
悔しいけれど喜ばしいこととして捉えておこう、と、
そう何日かして、そういう考えで前に進もうという「選択を自らでしました」。
それから、何日かして、素面でお会いした際、
ご本人に軽く聞き返してみたんです。
そして「あんなふうに言われてすごく悩みました」
「なにか自分に足りない部分があったら、ストレートに言ってくださいね」と言って。
そうすると、やはり、こんなセリフが返ってきたんです。
「自分なら、自分の家族やパートナーと上手くやれているという話は、
人前でむやみにしない。」
「それは、いろいろな反発感情をもつ人間もいるから」
「そして、少なからず人前に出ていくんなら、そういう人たちの気持ちも考慮して
発言を慎んでいく、周りがどう考えて、どう自分を見てるのかを考えながら
常に発言していくべきだと思うよ」といったようなお話しでした。
大変ありがたく受け止め、そういった考え方もあるんだなと受け入れました。
ただ、自分とは、少し違うなとも感じました。
ほんとうなら「内的コントローラー」としては、
「違いを交渉する」という習慣を持っている自分ですから、
もう少し、そのまま他者理解の場にしたかったところもありますが、
同時に「そんな無意味な行為はやめたほうがいいな」という意識が働いたのです。
「あえて、また嫌われるようなことを言って、
誤解を受け、またお説教?を受けて、関係性にヒビが入るくらいなら、
(もっと平たく言えば、自分がその方を嫌いになってしまったら嫌だから)
このまま、そういう部分もある人として受け入れてしまったほうが身のため。
・・・というようなことを考えたのです。
外的コントロールの恐ろしさですね。
外的コントロールは、悲しいかな、普通に身の回りにいくらでも存在しています。
もともと軍国主義の日本で、男尊女卑の国で歴史的にも間違いありませんし、
その名残も学校教育を筆頭に、いまだに世の中に蔓延っています。
当たり前に蔓延っていすぎて、それに気が付かずにコントロールされながら、
自分の判断や意欲を失ったり、諦めてしまっている人のなんと多いことでしょう。
若い世代(20代~30代)でも、「お前がこうだから」「あなたがそんなだから」
というように、お互いに、つねに相手と悲しいセリフの被せあいをして
くらしているような人たちも大勢います。
こんな環境では、いくらセルフコーチングで自分を高めようとしたところで、
別の言い方でいう「ドリームキラー」にコテンパンにされてしまいますし、
だから、「しょせん自分なんて、自由に好きに生きられるわけがない」
「そこまで自由になれるヤツは、特別なひとだけ」なんていう思考回路で、
自分に自分の成功に対してのメンタルブロックをかけてしまうということに
なってきてしまうのです。
そして、そんな人たちに向かって、
平気で、別の人がこんなことを言います。
「そんなの絶対うまくいくはずがない」「そのままやったら絶対失敗するに違いない」
そして、
「自分の言うことは聞いておいて損はないと思うよ」という言い方で選択を
迫ってくるのでしょう。
あなたの周りは、どんな人が多いですか。
外的コントローラーはいませんか。
外的コントローラーも自分が優遇されている場所では、
そんな要素は引っ込んでいるんだそうで、気が付かれないんですって。
ただ、自分が正しいと思っている事ではないことをやっている、
自分より劣っていると思いたい、制御していたい相手には、
制裁を加えてくる、というパターンだそうで。
今回、私が遭遇した、嫌な席も、
ちょうど、そんな環境が招いてしまった結果なんでしょうかね。
その方を変える訳にはいかないですからねえ・・。
それこそ、選択権はその方にありますからねえ。
なんか少し促すことぐらいしかね。
やはりこうなったら、いっそ、小言や文句を言われないくらい、
絶対的で圧倒的な人間力や仕事力を獲得していくことしか
残された道はないのかもしれないなと、最近になって考えています。
いやあ、それにしても、不愉快で衝撃的な出来事でした。
これが、例えば脳科学者でコーチの苫米地さんが聞いてたら、
「そんなやつは完全にドリームキラーね」
「そしてそんなやつがこちらを見て、もう絶対勝てっこない」というレベルまで、
ファクターのレベルを上げていく努力が必要だよね」
なんて言われてしまいそうですが。
ぶっちぎっていれば、比べる対象にもならない、
比較・競争の対象にもならない、ということですからねえ。
それを目指していくしかないんでしょうね・・・・。
あなたの職場、家庭環境での関係性はどうですか。
またいつかあなたの環境の話も聞かせて頂く機会が
ありますように・・!
では、長くなりました。
イチローが世界記録を塗り替えたということで、
今日、「人に笑われて達成してきた」と言っているシーンをみて、
また、知人が色々とそのことに関して、書いているのを読んでいたら、
ふと、あのときのことを書きたくなりました。
それでは。
また、これからも一緒に勉強していきましょうね。
すぎやまより