今から約50年前の衣笠市長(在任1971-1983年)の時代、明石市では大規模な下水処理施設の整備計画があったようです。
自民党系議員が大阪から呼んできたコンサルトの計画は、大蔵海岸と谷八木の沖合 を埋め立てたところに下水処理施設を建設しようとするもので、総額なんと約2,500億円というとても大きな見積りであったようです。あの明石海峡大橋を作るのにかかった費用が5,000億円、そして泉前市長が頑張って減らした下水道事業予算の元々の金額が600億円でしたから、2,500億円ってとんでもない金額ですよね…。
当時は国をあげて下水道や下水処理施設の整備が行われており、自民党の意向が各地で反映されていたようですが、これ明石市も例外ではなかったわけですね。でも明石市には「この見積りおかしいやん!」「ちょっと盛りすぎでしょ!」と気付き、このおかしな計画を変更しようと市民のために活動をしてくださった方々がおられたのです!それがその頃市議会議員であった福島和夫さん(共産党)と正義感あふれる市役所の職員さんたちなのです!
市役所職員さんは『このコンサルトのおかしな計画のまま事業が進んでしまうと明石市は破産状態となり財政再建団体となってしまう。自分たちが何とかしなきゃ!』と危機感を感じたとのこと。そして計画を変更させるために自腹かつ休み返上で既に財政再建団体となっている自治体へ足を運んで情報収集をし、自分たちで計画の変更案をまとめ、県との交渉も行なったようです。
その結果、大蔵海岸での埋め立て・建設計画は県の施設を改築・再利用(朝霧浄化センター)することに変更となり、谷八木沖の埋め立て・建設計画も内陸部での建設(大久保浄化センター)へと変更されることになりました。
これら有志の活動により最終的な支払いを800億円未満にまで下げ、財政危機となることもなく無事に下水処理施設を整備できたとのことです。というか、800億円足らずでできることを3倍以上の2500億円で見積もってきたって、ホントにとんでもないお話ですね…。そして公共事業にはこんなにもお金がかかるんだと改めて驚きました。
こちらは全て当時のことをご存知の方からお聞かせいただいたお話です。
かな~り昔でニュース記事にもございませんので、信じるか信じないかはあなた次第
私は今の明石市があるのはこの方々のご尽力のおかげでもあるのかと感動しました
明石市の知られざるヒーローのお話でした!