【一言入魂】表現者への道

【一言入魂】表現者への道

表現者、マツダヒロエのドタバタ奮闘記。

久々に自分のブログを更新してみる。

えーと、今日は「歌」に関して。

自分、もともと歌は下手くそでした。
いや、今も「上手い」って自分で言えるレベルには達していないんだけれど。。(日々勉強)


小学校の低学年の頃に合唱団に通ってはいたものの
その経験は全く発揮されることはなく

中3くらいで初めて行ったカラオケで
それはもう「変なクセがある歌い方だ」とボロカスに言われた経験があります。

今思えば、合唱団で歌っていた合唱曲と、カラオケで歌うようなJ-POPとでは全く歌のジャンルが違うわけですから

【合唱団出身=歌が上手い】

というわけではありませんし
そりゃ、変なクセがあってもおかしくないわけですよ。
好きなアーティストがいたわけではないし
当時は歌にそれほどの関心はなかったわけですから。


それでも当時の自分は「変なクセがある」と言われたのが悔しかったんでしょうね。
その日から自分の知っているアーティストさんの曲を良く聴くようになり、歌い方を真似するようになりました。

普段の私なら、やっていることに少しでもケチがつくと「やーめた!!やってられるか」ってなるのですが
歌に関してはそういう気持ちにはならなかったです。
今思うとなんでだろ、不思議ですね。


そんなこんなで少し歌を好きになったマツダさん。
高校生の頃に劇団に入りまして
その舞台で音楽劇をやることになりました。

ソロはなく、アンサンブルでしたが
そこでも壁にぶつかり
みんなの足を引っ張りながら歌を練習する日々。

やっぱり自分は下手くそなんだと
みんなの足を引っ張るくらいならヤメた方がいいのではないかと
何度も何度も思いましたが
歌を好きになってしまった自分は
どうしてもやめることが出来ませんでした。

劇団四季の曲を聴き、歌を真似して
高音が少しずつ出るようになって

それでやっと聴かせられるかな?ってレベルくらいです。


私は不器用なのですよ
人の何倍も努力が必要な人間なんです。

それでも、諦めずにやってこれたのは

【歌うことが好きだったから】

上京して出演した音楽劇でも
最初は歌を認めてもらえなかった。
だから歌わない役に回されたし
それが私は悔しかった。

アンサンブルでもどうにか自分をアピール出来ないかと
積極的に前に出て歌うことをしました。

また同じ舞台で呼んでもらったとき
今度はソロの役を頂きました。

認めてもらえたんだととても嬉しかった。
必ずしも努力が認められるわけではない
それが分かっている分
認められた瞬間は嬉しいものがありますよね。


私は歌が下手くそでした。
今も上手いとは思っていません。

でも積み重ねてきたものはあります。
そこには自信を持って言えます。



「自分には素質はないから」
そういう方、いらっしゃると思います。

私も素質はなかったです。
でも好きならやってもいいと思う。
下手でもいいじゃない
好きなら遠慮する必要はない。

相手の反応を伺って
自分の好きなことが出来ないなんて
そんなの間違っている。

何か言われたら言えばいいんだよ。
「好きなことをやって何が悪いんだ?」って


私は上手い下手関係なく
好きなことをやっている人は
とても輝いていて素敵だと思う。



好きなことを胸を張って「好きだ」と言える世の中に
なってほしいなぁと思う。
私が所属している劇団には何名か学生が在籍しているのだが

学業と舞台を両立していて本当にすごいと思う。

私も高校に通いながら部活動をし、劇団に所属していた身なので
その大変さは嫌と言うほど分かる。

当時の私は、学校の部活動を優先するあまり劇団の稽古にはあまり参加せず
結果、良い役を頂いていたにもかかわらず、その役を降りることとなってしまった。

いつも迷惑を掛けていた記憶しかない。

それだけ学業との両立は大変だということだ。

あの頃の自分を振り返り
今の子たちはとてもしっかりしているなぁと思う。

でもね、だからこそ。
学生たちには今を大切にしてほしい。

舞台を優先するのはもちろん大事だけれど
学校での勉強や行事もちゃんと大切にして。

学校でしか学べないこともある。
学生は学ぶことが仕事だ。

社会人になって思う。
もっと学生時代を楽しんでおけば良かったと。

でもそんな心配が要らないくらい
私の知っている学生たちは

学校も舞台もどちらも楽しんでいるようだ。
苦労もたくさんしているようだけれど。






あの頃の自分に戻れるなら
自分は今、一番に何をしたいのだろう。。




もろもろ書いていきたいと思うんですけどね。

あ、この先「ミラーリング」とか「OBS」とか呪文のような言葉が続きますので

興味ない方は読まなくて大丈夫っす。
















さて、ずっと開くのが億劫で避けていたPCですがね

そうも言っていられなくなりましたよね。


iPhoneでどうにかこうにかライブ配信(生配信)出来ないものかと色々と調べたりしましたが

やっぱり安定しないんだ、回線が。

途中で切れたり、読み込まなくなったり、遅延したりする。

Wi-Fiの問題もあるんだろうな。

今居る家がいかんせん環境良くないんすよ。Wi-Fiのアンテナ1本しか立ってねぇし。

それもあるんだと思う。

せっかくWi-Fi環境整えたのにさ。

早く引っ越したい。そして金がない。


でね、話戻すけど

観念して自分のPCを開くじゃないですか

Wi-Fiに繋げるじゃないですか

弾かれる。なんでやねん!!


自分のPC以外は大丈夫な模様。

自分のだけよ。嫌われたもんやなぁ。。

設定とか色々いじったけど効果なし。


だからしゃーなし、むぢゅうりょくの相方のPCを借りることにしたんですけどね。

もういっそのこと、新しいPCを買っちゃおうかな!!と思ったわけですよ。

給付金も入ったし。

ただね、ゲーミングPCとかそれなりにスペックが高いPCを買おうと思うとね、軽く10万円は超えてくるわけですよ。

今買うのは現実的ではない。


さて、どうしたものか、と。

相方の赤い奴には「そんなに焦らなくていいんじゃない?」とは言われたけどさ

やっぱりすぐに行動に起こせるように下準備はしたいじゃないですか。

でもそれにかまけて、やるべきことの優先順位がゴチャゴチャになってますけどね。

はい、期限があるものは優先的にやりまーす。


最近「ミラーリング」やら「OBS」やら調べとります。

つまりは、iPhoneの画面をPCに映し出して、それをOBS(配信ソフト)を使ってYouTubeライブなどに配信したいってことです。

ゲーム実況の生配信とかね。

ただ、下手するとプライベートが丸見えになっちゃうし(開く場所を間違えたり通知を切っておかないと)

あと、ミラーリングって音もPCから出力されちゃうから音ズレが発生したりしてプレイし辛いってのもあるのよね。

音ズレしない方法も見付けたけど、有料ソフトだったり、試用期間で色々と制限があったりで

長時間、長期間の配信には向いていないし。


どうにかコストが少なく、楽に配信出来る方法はないかなぁと模索しているところです。


ま、そんなに現実甘くないよね。金があれば解決することばかりだ。やれやれ。


Switchが手に入れば、キャプチャボードを買って

それでゲーム配信したいってのがある。

ミラーリングよりかはラグも抑えられるんじゃねーの?知らんけど。


出来るだけPCに負担は掛けたくねーんですよ。スムーズに配信するためにも。


頭がもうパンク寸前ですが、なんだかんだで脳を動かして知識が蓄えられているから

それは自分にとってはプラスではあるわけで。


これが上手くいったら泣くな多分。

そのときは「よく出来たねー」って褒めてくれると嬉しいっす。誰か褒めて。


ふと、ハムスターが飼いたくなった。

これも引っ越してからかなぁ。。

言霊って凄い威力を持っているそうで。

色々説は聞きますが、確証があるわけではないので、興味のある方は調べてみてください。

さて、その言霊。

最近、自分の心に余裕がないのか
気付いたらマイナスの言葉や愚痴を垂れ流していることが多いです。。

ここは本当に反省。
マイナスの言葉って自分以外にも感染るっていいますけれど、本当ですね。

自分以外には垂れ流さないって決めているはずなのに、話さないではいられない。
そして話して後悔する。その繰り返し。

自己嫌悪に陥り「自分はクソ人間だなぁ」ってつくづく思います。

浄化出来ている方はどうやって浄化出来ているのだろう。
ストレス発散したくても、今の状況では中々難しいところがありますよね。。

しかしね、このままにはしたくないです。自分が。

だから、何とかします。
良い方法があったら教えて下さい。。(切実)

今のところ、食べることとゲームすることが一番のストレス発散法です。

あらやだ、太っちゃう。



30代に突入してから、物事に対して客観視することが多くなった。
20代は言われるままにあくせく働いて目まぐるしい日々を送っていたけれど

ふと
「それは本当に自分のためになっているのだろうか?」
と、立ち止まり考えるようになってしまった。

これが自分にとって良いことなのかは分からない。
「当たり前に過ごしていた日常が実は当たり前じゃないのではないか」
そんなことも考えるようになった。

もちろん、これまで積み重ねてきた経験は自分にとっては掛け替えのないものだ。
たくさん成長させて頂いたと思っている。

いま「人生の岐路に立っている」

そう感じた。

自分はこれからもこの道を歩んで良いのだろうか?
もっと別の道があるのではないだろうか?

このままで本当に自分は満足しているのだろうか…?

本当に人生を楽しめるのは、10代や20代ではないのかも知れない。

20代はとにかく必死だった。
正しいのかも分からないことを
ひたすらにこなして。

それを経験したからこそ、それを乗り越えてきたからこそ
今、本当に自分がやりたいことを見つめて
求めているのかも知れない。