あーーーーー、、、、、、、、

まるっきりこれだわ。。。。。

 

父親は、

裁判所であり、私を矯正するための刑務所。

父親の言うことはほとんど絶対的で、従わなきゃならないと思ってきた。

父親の言うことに従えば、自分に無いものが手に入ると思ってた。

もっといろんな人の気持ちが分かると思ってた。

 

私は、父親をある面では尊敬しているのと同時に、

自分は間違ってるんだから、正されなきゃならないと思ってきた。

それと同時に、水面下ではきっと和解できる、わかってくれると思ってたし、

 

父親は私と真逆だから、父親から何か学ぶものがあるだろうと思った。

そして、父親を好きだったから、父親のようになりたい、父親を分かりたいって気持ちもあって、父親になろうとした。

たぶん、それが、大人と子供の自分に分裂したんだ。

 

 

 

大人の自分は父親を模倣してできた自分。ちゃんとしなきゃって人。

理論的で、いつも高みを目指してて、これじゃダメだって言う人。

 

 

子供の自分は父親から傷つけられた自分。

私の話に共感してくれず、

私はそれは嫌! っていっても 全然やめてくれなくて。

 

子供の自分はそんな父親を嫌ってて、憎んでて、あんな奴、絶対イヤ!!!って言ってる。

 

それと同時に父親を心配してて、この人年取って色々できなくなってくのに

これからもこんな感じだったら絶対苦しむだろうな、

もっと楽になっていいのにって思ってる。

 

 

だから、和解したいのだ。

どうしてそれをやろうとしたの?って聞きたいのだ。自分に。

 

聞けばお互いの考えが分かるし、

お互いの ”よかれと思ってやったこと”  も分かるし、

 

やろうとしてること、も分かるから。

 

 

あの、選挙のときの

超バリバリ出来て、自己主張が激しいと私が感じてた人も その役回りだったのか、、、、

 

私は出来ない人だし、頼んでる側だし、全く何もわからないし、

どうやって話しかけていいやら、お互いのすり合わせが出来なかったけど。

 

 

和解したいのに、どう話しかけても誤解されそうで、

どうやって話しかけていいか分からなかったけど、

しかも短い間だったし。

 

でも話しかけてみれば良かったのかもしれない。

そうすれば、何かわかったのかもしれない。

 

 

だって、自分何にもできないんだから、きっと働いたら私の周りこういう人ばっかになるよ、

どうやってコミュニケーション取ればいいか試すなら今のうちだよ  って声も

自分の中から聞こえてたのだから。

 

 

自分もOK 相手もOK にしたら、話しかけてみるなり、

何か突破口が見つかったのだろうな。