四国八十八カ所を最初に廻った人といわれる衛門三郎の話
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ある日、衛門三郎(えもんさぶろう)の家の前に一人の旅のお坊さんがやってきて、托鉢の鈴を鳴らしました。
心地よい昼寝を破られた衛門三郎は、お坊さんを追い返そうとしたのですが、動きません。
腹を立てた衛門三郎は、竹ほうきでお坊さんの椀をたたき落としました。
すると椀は、8つに割れて飛び散ってしまいました。
そんなことがあった翌日から、衛門三郎の8人の子供が次々と死んでしまいます。
さすがの衛門三郎も声を上げて泣きました。
ある夜、衛門三郎の夢枕にあの旅のお坊さんが現れ、「全非を悔いて情け深い人になれ」 と告げます。
夢から覚めた衛門三郎は、自分が強欲であったことを悔い、あの時の旅僧は弘法大師だと気が付きました。
衛門三郎は、弘法大師に許してもらおうと、四国を巡っている大師を捜して四国の道を東からまわったり、西からまわったりして歩きますが、なかなか出会うことができません。
四国を二十数回まわったところで、阿波(徳島県)の第12番札所・焼山寺で倒れてしまいました。
その時、衛門三郎の前に弘法大師が現れ、「これでおまえの罪も消える。最後に何か望みはないか」と、声をかけました。
衛門三郎は「故あって離れている河野一族の世継ぎとして生まれ変わらせてください。
今度こそ人々のために尽くしたいのです」と、言いました。
すると弘法大師は“衛門三郎再来”と書いた小さな石を息を引き取る衛門三郎の手に握らせました。
それから数年後、伊予の国(愛媛県)道後湯築の領主・河野息利に玉のような男の子が生まれました。
ところがその子は幾日経っても左手を握ったままで開きません。
そこで、道後の安養寺の住職に祈願してもらいます。
「きれいな川の水で洗えば開く」とのお告げがあり、そのお告げのとおりにすると、手が開いて中から“衛門三郎再来” と書かれた小石がころがり落ちました。
男の子は、衛門三郎の生まれ変わりだったのです。
その小石は安養寺に納められ、これを機に寺号を「石手寺」に改めたといいます。
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【ひとりさんの話】
俺、昔から、人が苦労してる姿を見るのが大嫌いなの。だから、早く救ってあげたいの。人の苦労話なんか聞かされると、そんなに辛いなら辞めたら…って思っちゃうの。これ、俺の性格の話ね。性格がそういう性格なの。
だから、苦しい話を聞いてるのも嫌だし、苦しそうな人を見ているのも辛いの。わかる?
そうするとね、今、難病だとかどうのこうのって、いろんなのがあってね。
それ聞くと、『腸の中キレイにしたら!』って。
当たり前のこと言ってるのに、やらない人を見るとね、苦しくなっちゃうの。わかるかい?
『やれば!』とか思うんだよね。
浮遊霊が憑いてるんだから、取ってもらえばいいじゃない!って思うんだよね。それを、あーじゃない、こうじゃないって言ってるのを聞くと、苦しくなっちゃうの。わかるかな?
あのー、子供の時からね、誰かが水に溺れたとかニュースでやってると、自分が息が出来なくなって苦しくなっちゃうんだよ。わかる?
俺って昔からそういうとこあるんだよな。
それで、衛門三郎の話を聞いた時に、物凄く心が軽くなったの。
何でかって言うと、衛門三郎はバチがあたって家族がみんな亡くなったんだよ。だけど、その事がなかったら、あの人は悟らなかったんだよ。
俺、小さい頃ね、光の玉に地獄と天国を見せられた時に、一番ビックリしたのは地獄じゃないんだよ。
天国から地獄を見ている神様が微笑んでるんだよ。それは俺にとってはショックだったよ。
あの地獄を見て微笑めないんだよ、俺は。
ところが、やっと解ったの。
あのね、バチが当たる人は当たった方がいいの。苦しむ人は苦しんだ方がいいの。
それでやっとね、それが悟りの道なの。
あのー、理論的にそうですねって言う人と、嫌な思いを散々しないと分からない人がいるの。
それも、悟りの道なの。
って、俺が思ったんだよ。
わかるかい?
忠夫ちゃんが今度出す本の中に、感謝の会の体験談がいっぱい載ってたの。で、時々なんだけど、俺に会って握手すると涙を流す人がいるの。
その人って、自殺まで考えて死ぬほど苦しかったの。
で、死ぬほど苦しい思いをしたから、ひとりさんの教えで救われた…って。わかるかい?
だから苦労してないとわかんない事もあるの。
人って等しくどの道を歩いていても悟りの道なの。
だから、富士山じゃないけどさ、俺がこっちから登って、相手があっちから登ってきても、やがては悟りの道に行くんだ…って、俺、凄い気が楽になったの。
あの~、浄霊でも何でも、無料でやってあげたりいろんなことしても、世間で悪く言う人がいる。
それ、構わない。バチが当たる人もいる、それもいい。
俺、そういう目で見た時、凄く気持ちが楽になったの。
☆☆☆☆☆☆☆
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ある日、衛門三郎(えもんさぶろう)の家の前に一人の旅のお坊さんがやってきて、托鉢の鈴を鳴らしました。
心地よい昼寝を破られた衛門三郎は、お坊さんを追い返そうとしたのですが、動きません。
腹を立てた衛門三郎は、竹ほうきでお坊さんの椀をたたき落としました。
すると椀は、8つに割れて飛び散ってしまいました。
そんなことがあった翌日から、衛門三郎の8人の子供が次々と死んでしまいます。
さすがの衛門三郎も声を上げて泣きました。
ある夜、衛門三郎の夢枕にあの旅のお坊さんが現れ、「全非を悔いて情け深い人になれ」 と告げます。
夢から覚めた衛門三郎は、自分が強欲であったことを悔い、あの時の旅僧は弘法大師だと気が付きました。
衛門三郎は、弘法大師に許してもらおうと、四国を巡っている大師を捜して四国の道を東からまわったり、西からまわったりして歩きますが、なかなか出会うことができません。
四国を二十数回まわったところで、阿波(徳島県)の第12番札所・焼山寺で倒れてしまいました。
その時、衛門三郎の前に弘法大師が現れ、「これでおまえの罪も消える。最後に何か望みはないか」と、声をかけました。
衛門三郎は「故あって離れている河野一族の世継ぎとして生まれ変わらせてください。
今度こそ人々のために尽くしたいのです」と、言いました。
すると弘法大師は“衛門三郎再来”と書いた小さな石を息を引き取る衛門三郎の手に握らせました。
それから数年後、伊予の国(愛媛県)道後湯築の領主・河野息利に玉のような男の子が生まれました。
ところがその子は幾日経っても左手を握ったままで開きません。
そこで、道後の安養寺の住職に祈願してもらいます。
「きれいな川の水で洗えば開く」とのお告げがあり、そのお告げのとおりにすると、手が開いて中から“衛門三郎再来” と書かれた小石がころがり落ちました。
男の子は、衛門三郎の生まれ変わりだったのです。
その小石は安養寺に納められ、これを機に寺号を「石手寺」に改めたといいます。
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【ひとりさんの話】
俺、昔から、人が苦労してる姿を見るのが大嫌いなの。だから、早く救ってあげたいの。人の苦労話なんか聞かされると、そんなに辛いなら辞めたら…って思っちゃうの。これ、俺の性格の話ね。性格がそういう性格なの。
だから、苦しい話を聞いてるのも嫌だし、苦しそうな人を見ているのも辛いの。わかる?
そうするとね、今、難病だとかどうのこうのって、いろんなのがあってね。
それ聞くと、『腸の中キレイにしたら!』って。
当たり前のこと言ってるのに、やらない人を見るとね、苦しくなっちゃうの。わかるかい?
『やれば!』とか思うんだよね。
浮遊霊が憑いてるんだから、取ってもらえばいいじゃない!って思うんだよね。それを、あーじゃない、こうじゃないって言ってるのを聞くと、苦しくなっちゃうの。わかるかな?
あのー、子供の時からね、誰かが水に溺れたとかニュースでやってると、自分が息が出来なくなって苦しくなっちゃうんだよ。わかる?
俺って昔からそういうとこあるんだよな。
それで、衛門三郎の話を聞いた時に、物凄く心が軽くなったの。
何でかって言うと、衛門三郎はバチがあたって家族がみんな亡くなったんだよ。だけど、その事がなかったら、あの人は悟らなかったんだよ。
俺、小さい頃ね、光の玉に地獄と天国を見せられた時に、一番ビックリしたのは地獄じゃないんだよ。
天国から地獄を見ている神様が微笑んでるんだよ。それは俺にとってはショックだったよ。
あの地獄を見て微笑めないんだよ、俺は。
ところが、やっと解ったの。
あのね、バチが当たる人は当たった方がいいの。苦しむ人は苦しんだ方がいいの。
それでやっとね、それが悟りの道なの。
あのー、理論的にそうですねって言う人と、嫌な思いを散々しないと分からない人がいるの。
それも、悟りの道なの。
って、俺が思ったんだよ。
わかるかい?
忠夫ちゃんが今度出す本の中に、感謝の会の体験談がいっぱい載ってたの。で、時々なんだけど、俺に会って握手すると涙を流す人がいるの。
その人って、自殺まで考えて死ぬほど苦しかったの。
で、死ぬほど苦しい思いをしたから、ひとりさんの教えで救われた…って。わかるかい?
だから苦労してないとわかんない事もあるの。
人って等しくどの道を歩いていても悟りの道なの。
だから、富士山じゃないけどさ、俺がこっちから登って、相手があっちから登ってきても、やがては悟りの道に行くんだ…って、俺、凄い気が楽になったの。
あの~、浄霊でも何でも、無料でやってあげたりいろんなことしても、世間で悪く言う人がいる。
それ、構わない。バチが当たる人もいる、それもいい。
俺、そういう目で見た時、凄く気持ちが楽になったの。
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