中臣鎌足の墓
『大織冠神社』と『阿武山古墳』
二箇所を直線で結んだ
中間に位置する神社がある
それは茨木市安威にある
『阿為神社』
本当に、見事に、中間地点
この地に来た
中臣藍連が祖神
『アメノコヤネノミコト』を祀った
中臣氏と関連が深い
中臣鎌足は一時
この地に籠もっていた
大化の改新への策を
中大兄皇子と練ったのも
この『阿為神社』とも言われる
中大兄皇子と中臣鎌足の出会いは
『法興寺(飛鳥寺)』での蹴鞠会
『阿為神社』では毎年11月23日の
「新嘗祭」で蹴鞠を奉納するそうだ
すぐ隣『大念寺』は
鎌足の長男・定慧が開基
この神社には
祭の際に神輿を休ませる
「御旅所」が
私の家から200mの場所
茨木市耳原にある
他にも中臣氏に関係するのは
隣町の太田
ここも中臣大田連が住み
この神社、
継体天皇陵と言われる
『太田茶臼山古墳』の
真横に位置する
周りも塀で囲まれた
なんとも閉鎖的な神社
そこから
高槻市赤大路へ
あの、『下鴨神社』と同じ
鴨族が建立したと言われる
冒頭、『阿為神社』の位置に
ついて述べたが…
『鴨神社』と『大田神社』
『阿為神社』も直線上に位置している
今から約1400年前
鴨族と中臣氏の間で
何が起こっていたのだろう…







