こんばんは。
海外旅行好き!
大阪の人間関係コンサルタント内藤大輔です。(^^)
今日も1日お疲れ様です😌
とりあえず、、
今日も最高ですね!笑笑
それでは今日も
世界観ブログ書いていきます。
第1話を読まれてない方はこちらから♪↓
今日は少しエンジンが切れて、
体がつかれています。。
疲れてるのに書くのしんどいな〜
このまま成功しないのが怖いな〜
と思いながら書いています。。。
なのですが!
約束の21:00の配信守れず、
信頼失うのが恐ろしい、、
とも思ってて
それでも
書かないよりはマシと思って書きます!
僕は「すごい人」
ではありません。
未熟さがタップリある
..
「内藤 大輔」
です。
このブログは
なぜ「内藤 大輔」が人間関係コンサルタントになったのか。
..
..
何をホントのホントは実現していきたいか。
という2つを見つけるために書いています。
そして
結果的に「内藤 大輔」に巨大な自信をつける、
という目的もあり、
..
過去をさかのぼって書いています。
第8話になります。
「キョウレツ オニ コーチ」
今回は高校のお話。
今回はですね、
前回の中学生に引き続き、 高校生になり
キョウレツ オニ コーチがいる
ハンドボール部に入りました、というお話です。
なぜハンドボール部に入ったかっていうところなんですけど
..
パパッと
なぜだか分かりますます?
(分かんねーわ笑
..
ですよね。笑
..
二つ理由が大きくあって、
すごいシンプルなんで解説しますネ。
サクッと書くと。
一つ目は、 あれですね。
..
..
あれですあれです。
そう
一つは単純に先輩に
クッッッッッソかっこいい!!
って人がいて
憧れたっていうこと。
..
そしてそして
二つ目は、痩せたかった。
(ドーーーーーンッ!!笑
...
…
そう…
痩せたかったんですよね
…笑
みんなと仲良くするために、
つまりやっぱり太ってて認められないから、
自分が人に仲間外れにされるんだと思ってました。
だから今の自分のままでは、イケない。
もっとカッコよくなって、
モテる必要があった。
…
(僕は当時から女好きで、性欲は圧倒的に
強かったように思います。
..
(性〇強いのに、
マ〇ターベーションを知ったのは、
高校2年以降で
クッッッッッソ遅かった。(恥笑
それで当時はやっぱり
このままみんなと仲良くできないのって
ホント怖いって思って
…
だからウーーーーーーーンッと
今の自分を変えようと思ったんですよね。
ちょっと当時は
そんな大げさには考えてなかったのかもしれないですけど。
..
やっぱ男なら部活をやってた方がカッコいいやろとか
正しいだろとか思ってるだろうとかいう自分もいて、
結局ハンドボール部にグイッと勢いで入りましたね。
..
体力的には
スッゲーしんどそう。。
オェ。。とか思いながら。
..
それで、
やっぱりキツイことがありましたよね。
そろそろ出せって
思ってる人も多いと思うんで
登場させます。
キョウレツナ オニ コーチ。
(ドーーーーーーーーーーーン!!
そう。
当時高校3年の時、
同期の部長を背後から
足の裏でクッッッッッソ強く蹴る。
蹴られた部長がくの字にノケゾリ、
周りの部員みんなの背中に
電流がバリッとはしった。
..
..
なぜ、そんなエゲツないコーチのもとで3年間
続けられたか、フシギな魔法でもあったのかって思いません!?
..
..
それは振り返れば、当時は
引退した後も先輩にヨシヨシって可愛がられて、
褒められるのが最高だったからかもしれないっす。
..
え?
そんな幼稚なことなの?
って感じですよね。笑
..
でも今でも結構人って
そういうシンプルに、
親や恋人や好きな人たちに褒められたいっていう
子どもみたいな感情で動くんだなって思います(^^)
それでいいじゃんね。笑笑
(結構大人になると現実見ろとか、
正しいのはお金になることだとか、
そういうのがガッカリだけど
みんな大事になってきますよね(-。-;
それも多少はしょうがないっすよね。笑笑
..
また話を戻しますが
あとは、
部活打ち込みたいっていう気持ちも ありましたよね。
というよりかは、
同期の親友2人とずっと一緒に居たい!
っていう気持ちが
ブワァーーーーーッてありましたね。
たがらやっぱ結局
クッッッッッソ厳しいオニコーチがいて
100回は
俺センスないわ、、、ダセぇ
マジ辞めてぇな〜、、、
って心のオクソコでは思ってましたね。
だって高校3年で、レギュラーじゃないんだぜ?女の子からダサいって思われるやん笑笑
(ごめん動機がオンナの子で、、、
当時の同期のキャプテン。笑笑
けれど
ハンドボール部に入ってよかったわぁ〜
と親友ができたこと考えれば
ホントそう思いました。
今ならこうやって笑いネタになってるし笑笑
3年間続けられたのは、
ホント最後はイジ。
イジでも続けたるわ!!
と思って歯食いしばって何とか続けましたね。
マジ苦しかったですね。
練習に行く朝から
エネルギー無駄に
グゥーーーーって
バキュームで吸い取られる感じ。。
全然楽しくない朝を、
superflyの「Hi five」
でバーーーーンと爆温で
盛り上げてチャリンコで高校行ってましたね。
30分もかけて、
すごい坂を四年間チャリで通ってたんです。
今思ったら、バカですね。
その活力どっから出るんだよって笑えません?笑笑
それでまたオニコーチの話に戻しますが。
本当に当時はね、
恨んでましたね。
ザ・体育会。
体罰しやがって、、、
いつ逆襲してやろうかと本気で
クッッッッッソ考えていたこともありました。
..
..
けれども当時の僕は
イイ子だったので、
厳しいオニコーチの前では、
「おい何シュート外しとんのや!?」
と言われれば
..
「ハイ!」
「すいませんでした!」
とか、オニコーチの前では
ヘコヘコ、
イエスマンになってるばかり。
怖くって、
何にも言いだすことも
反抗や行動もできない、
..
ホントに自分で自分が嫌いになるくらい
クッッッッッソへなちょこでしたね笑
..
「けれど、オニコーチにも引退した今となっては
おかげさまで
感謝はしています。」
とか言いたいですけど、
別にあのオニコーチだけには
人生で唯一くらい感謝はあんまりしていません。笑笑
(どんだけヒドかったんだよ笑笑
感謝しないのはなぜだろう。
笑われて
ただ厳しいだけであんまり愛情を感じなかった。
あとは僕自身がハンドボールをあんまり楽しめなかったのも大きいですねきっと。
正直あんまりね、 ハンドボールの
センスは相性良くなかったみたいで。。
(要するに
どんだけ練習しても下手だったんです。笑笑
あんまり活躍できなかったんですよね最後引退する3年のときもレギュラーじゃなかったんですし。
今でもオニコーチとの苦しみを思い出すと、
圧倒的にニガい記憶ですよね。笑笑
そのときはもうなんかねえ。
暗い気持ちのまま。
3年やり切ることが正しいとか。
価値があるという、
なんか頑張って努力しろっていうスタンスで それが
カッコイイ男なんだと信じてたんですよね。
良い人生を過ごすには、
正しい人生を過ごすには
「これぐらい我慢してコソ!!!!」
それはホントに内藤家や時代や、学校の先生
それらの
教育の結果ですよね。
オニコーチを自分が選んでたのかもしれないなぁ〜
と今気づくわけですよね笑笑
あぁ〜苦しいことを我慢して
人に認められたかったんだなぁ〜って思うわけですよ。
人を頼らずに
逃げずに、
悲しいとか
寂しいとか
怖いとか
そういう弱音はかずに
やることが
「ええ人生」
..
ほんとにそうかな。。
それは
正しいかもしれない。
人として、正しい。
きっとクッッッッッソ正しいよ。
..
それで何か?
正しい人生を生きたいのか?オレ?
正しいというモノサシいるのか?
そのモノサシ捨てて、
その正しいモノサシの土台を捨てて
オレは今楽しむ人生を生きている。
だから、今は口グセが
「おかげさまで」
「とりあえず、最高っすね!!」
笑笑
になっている。
だから、
とりあえずオニコーチは
クソコーチだったけど、
とりあえず最高っす。笑笑
というわけで、
全く締まりのないシメ方ですが、
長くなったのでココで区切ります♪
第8話 キョウレツ オニ コーチ
でした。
次回第9話 お楽しみに♪
ホントにあなたのおかげさまで
僕はブログを書き続けられます。
クッッッッッソ感謝をしています♪
とりあえず最高っす!
みんな最高なんすよ!(^^)
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おかげさまでLINEであなたが最高な家族のようなキズナを手に入れる2018最終手法をハイシン中♪


