大地にろ過された水が再びその姿を現す“湧き場”
どの“湧き場”から現れるかは問題ではない。
水として、水の役割を、きちんと全うすること。
結果にとらわれず、水であることを忘れず、“水”として存在する。
“水”であることを忘れさえしなければ・・・
ほら、こんなに美しい!
誰かと交わることで、もっと透き通ることもできる。
誰かを洗い流してあげることもできる。
もし、その時自分に色が付いたとしても・・・
水としての役割を全うしていれば、誰かがろ過してくれる。
そして、循環しながら共生していくのだろう。
滾々と湧き出る透き通った、“水”に感じたこと。
生まれてきてよかった。
産んでくれた両親に、“生”のバトンを繋いでくれた全ての人に、感謝しています。
