仙台の友人からメールが届きました。
よかった・・・
生きていてくれた。
涙が溢れるのを止める事ができませんでした。
希望を捨ててはいけないと、
一番しんどい思いをしている友から励まされた気がします。
以下がそのメールです。
T子です。
ライフラインがままならず、やっと携帯充電できました。
携帯がみれました。
主人、実家の家族含め無事です。
実家の家族とはその後は電話が繋がらず、
連絡がとれませんが無事だと思われます。
メール頂きありがとうございます。
励ましメールがありがたく、本当に感謝してます。
皆様にまとめてメールする事ななりすみません。
お一人お一人のお気持ちが本当に嬉しく、前に進めます。
地震時、定禅寺通りの職場にいました。
揺れがもの凄く、すぐ出られなく暫く動けないまま数分がたち、
少し揺れがおさまるチャンスで必死でお店のビルから出てきました。
死ぬほど揺れた!もうダメかと思った。
生きられました。
当然お店はぐちゃぐちゃです。
また家まではお店から通常15分で帰れるところ6時間の渋滞で帰れました。
街からは人があふれ、まるで映画のような状況でした。
数日、夜は、電気が全くなく、暗闇の中にいました。
懐中電灯も電池を買える場所がない状況。
仙台の街は空いているお店は昨日の段階ではありませんでした。
移動するにもガソリンがかかり、スタンドは空いてないにも関わらず
、空くかもしれないと思う人たちが何キロも並んでます。
食料は各地区の学校等に配られますが、
並んでもらえるのは小さいおにぎり一個程度です。
午前9時の段階で終了、
その後は見通しはないというチラシ。
水も三時間並び、一ポリタンクなければバケツ一杯です。
コンビニ、スーパーに100円、300円、500円と限定数でお菓子及び、
缶詰めが買えますが、お野菜やおかずになるものは全く買えない状況。
我が家から車で30分の場所はテレビで流れている状況。
海の近くに住んでいる友人、知人の安否は確認できません。
まだ余震は続いてます。
夜中サイレンが鳴り火災が相次いでます。
近くの体育館には遺体が収容されています。
携帯はほとんど繋がりません。
(比較的メールは入ります。)
まるで夢の中にいる状況ですが、
放射能対策も含めしっかり冷静に行動していくつもりです。
全てのものが貴重です。
まだまだ家の中の片付けがあります。
取り急ぎ、無事にいる事を連絡させて頂きました。
また 落ち着きましたら連絡します。
今回は暖をとること、水の確保、電池、灯油、食料の確保が必須。
私たちは乾麺等々、比較的に食料はまだあります。
爆発した近くにいる福島の友人は、ガソリンもなくどこにも移動できずにいます
また、友人は家も流されました。
私たちより大変な方々はまだまだいます。
↑ここまで
私の力はちっぽけかもしれません。
でも私に出来る事をやり続けます。
そして祈りを捧げます。
この想い・・・
届きますように。
被災地の方々に心からお見舞いを申し上げますとともに、
ひたむきに、この事態と向き合われている事に
心からの敬意を表します。