人間の細胞は、3か月に1度生まれ変わるらしいです。




いよいよ夏が始まりますね。夜明け前にこんばんは。いたです。




今日はちょっと詩的な感じで語ってみます(・∀・)真夜中だしね。




世の中に四季があるように、人の中にも四季がある。 と、僕は思う。




自分の季節を感じるには、耳を澄ませる。




それは、自分の心の中に耳を澄ませること。




数年前、どうしても仏像が見たくなって京都へ行った。


三十三間堂を歩いて、500体の千手観音像をひとつずつ眺めた。


…彼らはみな、目を閉じて、耳を澄ませていた。


それは、ただ、外の世界に耳を澄ませているんじゃない。


…内の世界に耳を澄ませている。(…と勝手に思った)




今は春?

今は夏?

今は秋?

今は冬?




彼らは自分に耳を澄ませている。




誰の中にも四季はある。




どうしようもなく気分が落ち込む日々もあるだろう。

そんなときは無理しなくていい。

それは、自分の季節が冬なんだから。




目の前が開けて、全てが充実する日々もあるだろう。

そんな時はめいっぱい無理すればいい。

それは、自分の季節が夏なんだから。




誰の中にも四季は巡る。




冬に無理しなくていい。

夏に無理すればいい。




自分に耳を澄ませて、自分の季節を感じる。




今、自分がどの季節にいるかを知るだけで、気分はずっと楽になる。

地図を手に入れたように。




毎日の生活でも、僕の頭の上には月と太陽がぐるぐる回る。

夜のときもあれば、真昼のときもある。




気分がどうしようもなく落ち込んだときは、それに付き合えばいい。

真夜中を味わうのもいいと思う。




必ず夜明けはくる。











そして、











夜明け前が一番暗いってことを知っておけばいい。











夜明け前に思った、夜明け前のお話でした。

どーも、おーのです。


TVを見ていて古館伊知郎が話をしていました。

で、それを聞いていて「マジ!すげー」って思ったので。


テレビ番組は

テレビ朝日開局50周年記念企画 地球危機2008 」というものです。


サミットがはじまるので、環境問題をテーマにしてTV朝日がメッセージを

送ろうというものなのでしょう。



これってナカナカ面白くて、先進国首脳に対して

「一(?)地球人として、俺はこう思う!!」って言ってるわけですよね。

TV朝日ぐらいになるとここまでできるんだなーと思いました。


僕なんてせいぜいブログで思った事を書くぐらいが関の山なのに。



TV朝日の創業者村山龍平氏(1850 年~1933 年)もまさかここまで来るとは

思ってなかったかも知れませんね~。



その番組の最後に、司会者の古館さんが

「地球環境の悪化は自分(今の大人)には極論関係ないかもしれないけど、

子供達には大ありで、その子達の将来奪っちゃまずくね?」というような事を

言っていました。



良く言われる話かもしれないけど、改めて確かにそうだよな~と

思いました。



で、そのコメントに対して古館さんがおそらく視聴者に対して、

「私の言っている事は間違っていますか?」と

問いかけていました。



今更思ったのですが、自分(ないし組織)の考えの是非をああもストレートに問う

事が出来る人は本当に凄いと思いました。



その行動も勇気があって凄いと思うけど、

そんな仕事をする事ができる(環境を創り上げた)組織や

個人って本当に凄いと思う。



僕の何千倍も自由をもった人たちなんだなと思いました。


どーも、おーのです。


コップの水続編です。

また明日と言っておきながら、一日あいちゃいました(;^_^A

まーそういう事もあります…。



前回どんな内容だったかを簡単に。


仕事をする上でも、何かを購入する上でも、

個人だろうが、企業だろうが、国家だろうが、全世界だって、


何かをする時に、量が決まっているコップの水を右から左に移すだけじゃ

意味はない。


それは、



価値の再配分を行っているだけで


価値の増加は行っていない



っていう話でした。



幸せっていうものを数値化できたとして(単位は「幸」)

全世界に「100幸」あったとたら、その100幸の配分を

変えているのはダメって事。


より良いモノを目指すなら(プレミアム・ライフ!!)、

100幸を101幸にする事で自分の幸を1幸増やさなきゃね。



これを仕事に置き換えてみると、


自分がやるべき仕事を面倒臭がって誰かに「ポイッ」と投げちゃうだけでは

仕事をしているうちには入らないって事になる。


業務量の再配分をしているだけだからね。



投げるなら「投げただけのプラスα」を見出すことが、

仕事を投げた人間に使命になる訳だね。

いわゆる「マネジメント」ってやつかな。



ところが、これが相当曲者で自分が行うよりも低いパフォーマンスがほとんど。

(自分よりもできるAさんに指示しているとしたら、Aさんの秀でた一部分を

見出す「目」を持っていたか、マネジメントとして相当優秀か、そうでなければ

Aさんが自分をマネジメントするべきかな)



ここからいたの話と密接につながるけど、


価値の再配分をするのではなく

価値の増加をする事が大切で



仕事に関して言えば、鬼のように膨大な業務・作業量を行う事が

非常に大切で、自分の膨大な作業をすべてこなしてかつ

時間がある人がマネジメントを行える。



きっとそうあるべきなんだろうな思いました。


それは一つの考え方というものではなく、

おそらく真理に近いものだろうと思います。