いまだに蒼井優さんとガッキーさんの見分けがつきません。
重症ですか?こんにちは、いたです(・∀・;)
さて、ひさびさですが、
今日はビールを飲みながら「人の真価が問われるとき」について語ってみたいと思います。
絶好調と絶不調。
前も話しましたが、自然の四季と同じように、人の中にも四季が巡る。
絶好調の夏もあれば、絶不調の冬もある。
そんなとき、人は以下のような状態になる。
【絶好調の時】
・ 誰もが前向きで、誰もが笑い、誰もが妬みもない世界にいる。
・ 目の前の問題にも、前向きに対峙できる。どんなことでも言える。
・ そんなときが、その人の最大値。
【絶不調の時】
・ 誰もが後向きで、笑えなくて、妬みも入り混じる世界にいる。
・ 目の前の問題には、前向きに対峙できない。なにも言えなくなる。
・ そんなときが、その人の最小値。
そんな巡る好調・不調の波を見て、僕は思う。
絶好調なんて、ただのアクセサリーだ、と。
絶好調時の笑顔、寛大さ、前向きは、その時だけに出てくる限定的なアクセサリー。
たとえば、絶好調時の笑顔や寛大さや前向きって、
お金があるときに買うことができるクルマや宝石、豪邸と同じもの。
今まで、お金持ちでクルマや宝石、豪邸を持っていた人が、
その全てを奪われたとき、どんな姿を見せるだろうか。
それでも、クルマや宝石、豪邸を持っていた時と同じ笑顔、寛大さ、前向きを持っていられるか。
…そのときこそ、その人の真価が問われる。
同じように、
絶不調時に、絶好調時に持っていた笑顔、寛大さを奪われたとき、自分の真の姿が現れる。
追い込まれた時こそ、その人の真価が問われてる。
それでも笑顔か。
それでも寛容か。
それでも前向きか。
それでも真摯か。
それもで投げ出さないか。
絶好調時の人なんて、なんとでも言える。そんな発言、僕は信じない。
自分がドン底の時こそ、自分の真価が問われてる。
そう思うと、絶対に逃げたくないですよね。
アクセサリーだけで生きてたなんて、思いたくないから。
挫折上等。真価を見せてやるチャンスだよね。
…いや、僕は今絶好調なんだけどさぁ(・∀・)←コラ