こんにちは。いたです。
今日は、夏が近づいてきて、僕が思ったことをここに記します。




みなさんは「点の論理」と「線の論理」という言葉をご存じでしょうか。
一言で言うと、以下の通りです。


「点の論理」とは、日本の文化。
「線の論理」とは、西洋の文化。




例えば物語。


【日本の物語】
日本の物語(源氏物語や平家物語)はストーリーの飛躍が激しく、とても読みにくいものでした。

それは、話の飛躍の間の「情景」を読者にゆだねている・想像させているからです。
ストーリーを少し飛躍させることでその部分を読み手に想像させることで、
日本の「つつしみの美学」が生まれたのです。

日本の文化は、説明的なものを嫌うものなのです。
日本の物語は、ストーリーの点を辿っていくイメージ。


これが日本の文化を「点の論理」と言わしめるゆえんです。




【西洋の物語】
一方、西洋の物語は、日本のものとは違い、とても説明的です。
そのため、情景描写がとても詳細で、ストーリーが一本の線として成り立っています。
ある意味直球・ストレート。わかりやすい。


これが西洋の文化を「線の論理」と言わしめるゆえんです。




このように説明すると、双方の文化はこのような分類になります。


日本の文化は「想像的な文化」。
西洋の文化は「説明的な文化」。




この分類は、様々な方面で見ることができます。


■ 絵画
【日本の水墨画】
背景に余白が多く、余白部分を見る側の想像に任せる。抽象的である。


【西洋の油絵】
背景も隅から隅まで描かれていて余白がない具体的である。


■ 演劇
【日本の能楽】
舞台セットは、松の絵一本のみ。場面ごとに背景が変化するはない。


【西洋のオペラ】
舞台セットが詳細。場面ごとに背景が変化する。


■ 住居
【日本の家屋】
布団を敷けば寝室。ちゃぶ台を出せば居間。
出すものによって部屋の役割が変化。


【西洋のハウス】
ベッドがあるのは寝室。テーブルがあるのはリビング。
役割によって部屋が独立。




上記の説明を踏まえて、以下の結論が出たのでした。




日本の文化は「想像的な文化」。
西洋の文化は「説明的な文化」。




ここで、僕は思うのです。


「つつしみの美学」は日本の文化である。そして、僕は日本人なのだ、と。


僕は、日本の文化が大好きです。
この「見えないところを想像させる文化」というものが。

そう、それはいいかえれば、平安時代以前から1000年以上も積み上げられてきたまさに、




筋金入りのチラリズム文化




だからこそ、純粋日本人を自任する僕は言いたい。


現代の女性たちに。
東京メトロ副都心線(祝!昨日開通)に乗っていた女性たちに。






ちょっとオープン過ぎやしませんか!と!
※ 目のやり場に困ってます。






アイドルとかも。







アイドルは水着を着るものだというのは間違っておる!と!
※ 雑誌の立ち読みしづれぇ。







まったく、チラリズムもあったもんじゃない。

日本人の僕にとって、「水着写真」やら「ヌード写真」は却ってガックリきます。


やっぱアイドルはそーいうんじゃなくて、









浴衣とか着てくれ!!
※ 心の叫び








アメリカとかのバァァァーン!とした堂々たるヌードとかは、正直こっちがヘコみます。
※ おーのの家にありました。(ウソ)


だって想像させるものが何もないじゃんかぁー。(泣)
※ 泣ほどのものじゃない。






てなわけで、みなさん、つつしみは持ちましょう。
※ ちなみに、つつしみある女の子がちょっと大胆になったりするギャップはストライク(・∀・)







結論を言います。結局、夏が近づいてきて僕が思ったのは、













やっぱ、女の子は夏服より冬服だなー













ってことです。







…着地点間違ったね僕(・∀・)