あっという間の一年でした。

みなさんが、いろいろな思いを抱えていると思います。

日本全国の鎮魂の思い

復興の源となって欲しいです。


私は震災から2日後、母を亡くしました。

震災のためでなく、ガンの再発がみつかって1年4ヶ月の闘病の末でした。

闘病中は母にも家族にも、希望がありました。

痛み、苦しみに愚痴を言わない母。
毎日、生きていられることに感謝する母。
真摯に生きる母の姿勢は、並大抵の精神力ではなきないだろうなと
尊敬の気持ちでいっぱいでした。

けれども次第に覚悟をしなくてはいけないんだなと思わざるをえませんでした。

「いまの母の姿はとても悲しい気持ちになるのだけれども、
看病が功を奏さず、希望は叶わないようになってしまったけれども
いつかこの日を思い返して
『あぁあの時は確かに辛かったけれども、
母がいてくれただけでもありがたかった。』と
そう思う、母のいない日が必ず来てしまうんだ。
いまの状況ですら幸せだったと思える日がくるんだ。
だからいま、後悔のないように。」

と思ったことを覚えています。

そういう覚悟があっても、1周忌を迎え

母が息を引き取った日の悲しみ、無力感、喪失感
そういう言葉にあらわしきれないさまざまな感情は

昨日起こったことのように私を包みます。

ましてや東北のかたのなかには
何の覚悟なんてない
日常生活を送っていたところを
突然大事な人と引き離された人が多くいらっしゃるでしょう。

大切な人を突然失うという悲しみを胸に抱く人々を前に
私は 「 がんばろう!日本」などの言葉を口にできません。

悲しみは頑張って消えるものではないから。

脳科学者の茂木健一郎さんがいっていました。
忘れるためには、深い喜びを感じられることに挑戦し続けることだ、と。
(震災にしていてではなく「忘れる力」をテーマにしたツィートより。)

東北のみなさんを無力感、あきらめ、喪失感 というところに
とどめてはいけない。

自分にできることは何だろう?

母の一周忌。
悲しむための場ではない。
安心して、仏さんとなって見守っていてください
私たちはこんなに元気に暮らしてますから
と伝える場だと気持ちを切り替えました。

東北の方々がいつかなくなった方に
笑顔でいい報告ができるようになりますように。

東北地方の復興と、亡くなった方のご冥福を
お祈りしています。