[口福学入門:/5 顎の痛み=山根源之]
(毎日新聞 2011年8月22日 東京朝刊)
食べるとき、話すときには口をいろいろな方向に動かしますが、どうやって
動いているのかご存じでしょうか。
口を使うと、唇や頬が動くため、顎も上下が動くように思えますが、本当に
動いているのは下顎だけです。
上の歯が並んでいる歯槽骨は頭の骨に固定されています。
下顎骨の左右の端は頭の骨にある関節窩というへこみに入っており、そこを
支点としてハンモックのようにぶら下がっています。
ハンモックの体をのせる場所に歯が並び、下顎骨の表面から周囲の組織へ
張り巡らされている筋肉や腱がこのハンモックをコントロールしています。
運動神経に支配された複数の筋肉の緊張と緩みの絶妙なバランスで顎の静止や
運動をするのです。
私たちは上下の歯のかみ合わせで顎が最も安定する位置を探しますが、個人の
歯並びや歯の欠損状態に左右されます。
リラックスしている時には唇は閉じていますが、上下の前歯は接触せず
約2ミリの隙間があります。
一方、ヒトのかみしめる力は意外と強く、その力に耐える歯が健全な場合は、
自分の体重に近い40~60キロの力を発揮します。
24時間顎の動きに休みはありません。
加えてストレスでの食いしばりや、クセで絶えず口を動かすこと、頬づえ
などは関係する筋肉のバランスを崩して顎関節症になりやすくなります。
手足の関節と違い、顎関節は左右同時に動きます。
ハンモックを斜め方向に振った場合を想像してください。
左右の関節には異なったねじれが出るので痛みの原因になります。
過度な開口では顎がはずれ、口を閉じられなくなります。
下顎の運動には首の筋肉も関係しており、不調をきたすと肩こりの原因にも
なります。
人間の頭の重さは体重の約8%、4~6キロあるので、ヒトは常に重い頭を
首で支えていることになります。
その上、複雑な運動をする下顎をぶら下げているので、どこかのバランスが
狂うとすぐに周囲に波及して深刻な痛みなどの症状がでます。
最近は、愛犬の顎関節症がインターネットで話題になっているようです。
犬たちにも人間並みのストレスがあるので、口腔状態も変化したのでしょう
か。
(山根源之東京歯科大名誉教授)
http://mainichi.jp/life/health/news/20110822ddm013100021000c.html