[佐藤記者の「精神医療ルネサンス」
保護入院の闇(2) 抵抗したら「統合失調症」]
(読売新聞 2011年12月14日)
前回に続き、タカオさんの入院以前の背景を説明しよう。
タカオさんの母親は、自宅近くの2か所の保健センター(以後A、Bで表記)
を訪れ、「息子が精神疾患で暴力をふるう」などと被害を訴え始めた。
最初に対応したA保健センターの保健師は、母親の訴えを信じて嘱託の
精神科医に面接を依頼した。
この医師は、大学病院に長く勤務したベテランだったが、母親の話だけで
タカオさんを「人格障害(パーソナリティー障害)」と決めつけ、「統合
失調症の疑いがある。措置入院(いわゆる強制入院)させたほうがいい」と
勧めた。
さらに保健師は、「(本人の同意がなくても母親など保護者の同意で行える)
医療保護入院という方法もある」と母親に説明したという。
タカオさんの問題発生後、B保健センターに赴任し、経緯を詳しく調べた
元センター長は、「母親は最初、措置入院や医療保護入院の制度を知らな
かったが、精神科医や保健師の不適切な対応で、さらに深刻な問題が引き
起こされた」とみる。
だが、母親を途中から担当したA保健センターの別の保健師は冷静だった。
改めて違う嘱託の精神科医に依頼し、実家でタカオさんを直接診てもらった。
結果は「明確な妄想は認められない。見識もはっきりしている」。
精神疾患は否定された。
この保健師は、母親の訴えの真偽を探るため、警察署にも問い合わせた。
刑事課の担当者は「110番が頻回にあり、その都度出動したが、本人は冷静に
対応できており、措置(措置入院)にはならなかった」と答えた。
これらの調査から、この保健師は「母親側に問題がある」と判断し、母親に
口頭で注意をした。だが、母親の行動は止められなかった。
話をタカオさんの入院時に戻そう。
救急隊員の記録では、搬送時のタカオさんの意識は「清明」で、主訴は
「めまい、全身の痛み」とある。
幻覚や妄想、興奮などの記述はどこにもない。
救急車を降り、D病院に入ったタカオさんは、異様な雰囲気を察した。
両脇と背後に男性看護師3人が立ち、タカオさんを取り囲んだのだ。
ここで初めて、精神科病院であることに気づいた。
「オレは精神病じゃない!」
診察室を出て行こうとすると、看護師3人が力づくで抑え込んだ。
体の自由を奪われながら、タカオさんは叫んだ。
「(母に)自作自演されている!」
「母がオレの人生をめちゃくちゃにした」
やぶ蛇だった。
対応したD病院の精神科医は、タカオさんの必死の訴えを被害妄想と判断し、
統合失調症と診断した。
暴れれば暴れるほど、重症と判断される悪循環。
腕に多量の鎮静剤が注射され、隔離室へ。
この間、わずか10分だった。
1時間後、タカオさんは処置室に運ばれた。
全身麻酔をかけられ、電気ショック(電気けいれん療法)。
その日から10日間、手足を拘束され続けた。
両腕、両脚を開いた状態でベッドに縛り付けられ、カテーテルで導尿が続け
られた。
電気ショックは計6回に及んだ。
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