書籍・アクション進化論をご購読されたみなさん、ありがとうございます。
先日、amazonから通知があったことで、購読数などを初めてチェックしました。正直、見方がよくわからなかったので、放置したままだったのです。それで、ある程度の、購読数が判明したので、そのお礼を述べておきたいと思いました。ほとんど宣伝らしきものはしておらず、当ブログとFacebook、それからメルマガで告知した程度でしたから。
さて、その内訳はと言いますと、やはり上下巻に分かれているために、下巻まで読まれた方は上巻購読者のうちの約5分の1といったところでした。これについてはやや残念な結果ですが、まあ上下分巻の宿命なので仕方がないかもしれません。しかし、実のところアクション進化論のキモは、まさに下巻にあるわけですから、これを機会に上巻を読まれた方には、ぜひ下巻にもトライしていただきたいと思います。
ところで、書籍「アクション進化論」は、立回り進化論については言及していますが、アクション進化論自体には直接的には触れられていません。ということで、アクション進化論そのものについては、次作で取り扱う予定です。
ではその関連で、書籍・アクション進化論の補足的な記事をアップしておきます。
テーマは「アクションの極意性」です。
運動科学者・高岡英夫は、書籍「武蔵とイチロー」(小学館文庫)の中で、極意を用いた動きと、極意を用いない通常の動き(これを高岡はレギュラー・ムーブと概念化しています)の違いを科学的に計測されたデータを用いて、明確に解説しています。高岡の定義する極意とは、簡単に説明しておくと、意識が極まった状態を指していて、その極まる方向性は人間にとってプラスの価値となる方向としています。またこの場合の極まった意識とは、身体と意識の間にある階層としての身体意識を表しています。つまり極意とは、身体意識が人間にとってプラスの価値をもたらす方向に極まったものを指すわけです。そして身体意識とは、武術などで用いられる正中線や体軸、丹田の他にもバレエのセンターなど、その存在を知られているものの他に、知られていないものもあるとのこと。とりあえず極意の解説はこのくらいにして、話を先に進めます。
極意を使った日本刀の突きと、レギュラームーブによるものとの比較を、剣尖のトップスピードと、所要時間の関係でグラフに書き出したものがあるのですが、これが驚くべき結果をもたらしているのです。(実験の詳細は、「武蔵とイチロー」P88:科学的データが測定した達人のスピード参照)
最初にレギュラー・ムーブを説明しておくと、この場合時間をかけるほど、トップスピードが速くなります。逆に時間をかけないと十分な速さが出ません。これは経験的にも理解できる話です。予備動作をある程度取った方が、バットやラケットのスイングの速さを出しやすいのは、誰もが経験していることでしょう。また自転車であろうが、F1であろうが、最高速度に達するためには、ある程度の時間がかかります。逆にスタート直後は、あまりスピードが上がりません。つまりトップスピードと所要時間は、ある程度まで比例するということになります。日本刀ならトップスピードで斬撃力がマックスとなりますから、トップスピードに到るまでの所要時間は、生死を分ける境目になるということは、容易に理解できることでしょう。
では極意を用いた場合どうなるか。これが驚くことに、トップスピードが速いほど所要時間が短いという、レギュラー・ムーブとは正反対の結果となったのです。これを解析した横浜国大の伊藤信之助教授(当時。現在は教授)は、何かの間違いかと思い、機械を点検したそうです。それくらいバイオメカニクス的にありえない結果が、何度やっても出たのでした。つまり極意を用いると、トップスピードと所要時間の関係が反比例になるのです。両者を比較すると、極意を用いた場合、レギュラー・ムーブの半分の時間で、トップスピードに達しています。ということは、レギュラームーブが動き出してから反応しても、後から動き出した極意の勝ちということになるわけです。(実験の詳細は、書籍「武蔵とイチロー」をご覧ください。)
さて、これはあくまでも例なので、ここではレギュラームーブと極意の違いが、「所要時間が長いほど速くなる」に対して「所要時間が短いほど速くなる」というところを押さえておいて下さい。
ここからはアクションの話です。
アクションで取り上げたいのは、振り付けに要する時間、それを覚えるのに要する時間、リハーサルする時間・・・というように、振り付けから本番に至るまでの時間についてです。これは振り付け時間という観点からは、殺陣師の技量ということになりますし、それを覚え、リハーサルし・・・という過程では演者の技量ということになります。何れにしても共通するのは、常識に反して所要時間が短いほど技量が高い、というアクション業界の共通認識です。これはあくまでも経験則なのですが、多様な現場経験がある人ほど結果的に、時間の長さと技量が反比例するということに気づいています。(もし知らない人がいたらモグリです。それがわからない人、感じられない人は、未熟者です。)
これを前記した、極意とレギュラー・ムーブの関係に当てはめてみると、まさに所要時間と技量の関係が、極意と同じであることに気づかれることでしょう。ということは、所要時間の短さと技量の高さの比例(=時短性、または即時性としておきます。)は、極意的であると考えられるのです。もちろん技量の高さがハンパない、まさに達人レベルに達しているという前提ではあります。それにしてもこの即時性は、プロとしての最低限の基準になっているという点で、アクションの持つ本質的な極意性を表していると、私は考えます。これは他の分野では見られない、アクション独自の大いなる特性であるのです。
しかしながら、この高度な能力をあまりにも簡単に使いこなしてしまっているが故、その価値を客観的に評価できていないのがアクション業界なのです。そこにアクション業界人の悲劇があるのではないでしょうか。そういった点に、今一度スポットを当てて再考を促しているのが、実は書籍「アクション進化論」なのです。
続く・・・
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