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アクションプロデューサーHARUのブログ

日本のアクション映画で世界進出を目指す、アクションプロデューサーの夢を掴むまでの道程です。

最近、晴れたり、雨が降ったりと変な天気ですが、こんな時期、みなさんも体調管理に気を付けて下さい!


それにしても元気の無い日本、日本は政治家のみなさんが、国の体調を管理できない感じです。


それに比べて、香港・中国・韓国のエンターテイメント界は、体調管理万全といった感じです。


日本の映画界は、特に体調不良で元気が有りません。


「打倒ハリウッド!」などと思って映画の世界へ入ったのですが、アメリカ以前に、アジアの国々に追い越された感じです。


・・・と、愚痴を言ってる場合では有りません!頑張りましょう!!


頑張るぞ、今は夢に向かって進む事しか無いのです!


がんばろー日本!!!






先週、CSを見続けていたら、たまたま「レスラー」という映画が始まりました。



話題の作品ではあったのですが、まだ観ていなかったので、何気無く観ていたのですが、感動しました!・・・泣けました。


ミッキー・ロークの演技に驚きました。ストーリーも、レスラーとスタントマンの体一つでお金を稼ぐ的な共通点に共感を覚えて、更に気持ちが入り込み・・。


・・・ミッキー・ローク凄いなーと思っていると、何故か今度は「アイアンマン2」を観る事になり、ミッキーさんが再び大活躍、ミッキー・ローク三昧の一日でした。






ジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポーのゴールデントリオが、全勢力を掛け、命がけで撮る、香港映画の撮影スタイルを目の当たりにして帰国した私に、国内の香港アクションブームもあり、日本映画のアクションコーディネーターとして、声が掛かるの事になるですが・・・。


その頃の日本では、作品の規模で当然撮影期間は変わりますが、40日位で撮る作品も多く、香港映画を越えるアクション映画にして欲しいと依頼されます。


「ラストのアクションシーンは、何日ぐらいですか?」とたずねると、「1日です!」と自慢げに答えられました。


香港映画のアクションシーンは、凄いですが、

30秒~40秒撮影する為に、1週間かかることもあります。


香港映画のアクションを越えるようにと言われても・・・!?


「香港アクションは、時間が掛かるのですが。」と言うと、「わかりました、1日半取りましょう!!」と更に自慢げに答えられました。


心の中で「・・・わかってませんよ!」と、つぶやく私でした。



1985年、ブルース・リー世代の私は、ゴールデン・ハーベスト社の前に立ち、夢の第一歩を踏み出した!そ、その瞬間、ゲート正面からこちらへ向かって一人の男が歩いて来たのです。・・・なな、なんと”ユン・ピョウ”!!


ゴールデン・ハーベストで、初めて会った人間が”ユン・ピョウ”とは!


入口のゲートを見た感動が修まらないうちにユン・ピョウさんに会ってしまい、更に感動したのですが、一瞬に二つの感動を使ってしまった感じがして、少しもったいなかった気もしました。(・・・複雑。)


ユン・ピョウさんは、映画のキャラクター通りの気さくな方で、記念写真を頼むと快くOKしてくれ、おまけに明日スタジオで、自分の映画の

オールラッシュやるので、見に来ないかと誘ってくれました。


オールラッシュとは、映画の撮影中に、何日分かの撮影したフィルムを確認の為に現像して見る作業で、当然喜んで次の日にお伺いしました。


ユン・ピョウさんとの写真は、どこかにしまい込んでいると思いますので、次の機会にアップさせていただきます。


アクション業界にブルース・リー世代とジャッキー世代はいるのですが、”ジェット・リー世代”と呼ばれるスタントマン達は存在しないのです!!(もちろんアクション業界に、ジェット・リーさんのファンは沢山いますよ。)




アクション業界で、若手だったジャッキー世代も、今ではみんな30代!!


新しいアクション世代を生み出す為にも、頑張るぞー!!!








香港映画ファンの方ならおなじみの、”G”マークの映画会社です!


映画の前に、太鼓の音と共に徐々に現れるGのロゴに胸躍らせたものです。


東洋のハリウッドと呼ばれた香港で、香港映画の一時代を築いた会社で、あのブルース・リーさんも、この”ゴールデン・ハーベスト社”の作品から、世界のアクションスターへの道を歩み始めます。・・・すごい会社なのです!


もちろんジャッキー・チェンさんも、ゴールデン・ハーベスト社の作品で、デビューし、同じく世界のアクションスターへの道を歩んで行きます。


ブルース・リー世代の方は、良くご存知だと思いますが、ゴールデン・ハーベスト社を紹介する写真として必ずと言って良いほど、入口のゲートと横に立つ小さな掲示板の写っつてる写真が使われていて、その映像は、ブルース・リー世代の潜在意識の中にすり込まれていると

言っても過言では無いくらいの場所なのです!!(少し熱く!)


この後、1985年に初めてゴールデン・ハーベストに行く事になるのですが、写真で見た、ゴールデン・ハーベスト社の入口に立った時の喜びは、私の人生の中でも、忘れられない感動の瞬間でした!!!



この後、更にすごい事が起きるのですが・・・この続きは次回お話します。









映画やテレビドラマのエンドクレジットに表記されるスタッフのみなさんたち。

アクションの場合は、殺陣・技闘・スタントコーディネーター・アクションコーディネーターなどと表記されます。


昔は、製作サイドで勝手に決めている事も多かったのですが、近年、アクションスタッフの地位も上がり事前に相談される様になりました。


本来、アクションの振付師にあたる人たちの呼び名が違うのは、日本のアクションは、色々なジャンルが有るからなのですが、あまり理解はされてはいません。


ダンスで例えて見ると分りやすいと思いますが、ヒップホップのダンサーに、社交ダンスのシーンをお願いする監督はいないと思います。

しかし、アクションの世界では、これに近い事がおきてしまうのです。


私の専門はアクションで、ほぼスタントと同じジャンルになるのですが、スタントだけ考えても、カースタントという、全く別のジャンルも有ります。


撮影現場では、車と人間のスタントシーンがある場合のみ、カーススタントのクルーと区別する為に、こちらをボディスタントと呼びます。


日本映画のアクションの原点は、やはり時代劇です。ここで登場するのが、殺陣師のみなさんで、基本的には時代劇の立ち廻りを付ける人たちを”殺陣師”と呼びます。


殺陣の世界は歴史が古く、私の学んだアクションは殺陣の世界から見ると、まだまだ新ジャンルなのです。


そして、時代劇から現代劇になると日本刀ではなく、拳銃を持ったアクションシーンに変わります。そこで登場するのが”技闘”と呼ばれる人たちです。


1960年代に大ブームとなった、日活の無国籍映画。中でも人気シリーズの小林旭さん主演の「渡り鳥シリーズ」はまさに和製西部劇で、銃を持った主人公が酒場で悪党相手に大暴れします。


この様なアクションシーンで活躍するのが、技闘と呼ばれる人たちで 、殴ったり蹴ったりのケンカのシーン等を演出します。


そこから更に、主人公が"スーパーヒーロー"だったりすると 、いきなり高い所から回転しながら登場したり、ワイヤーを使って天高く舞い上がったります。


ここから登場するのが"アクションコーディネーター"や"スタントコーディネーター"と呼ばれる人たちです。格闘シーン+アクロバット的な要素を必要とされる作品で活躍します。


簡単な説明になってしまいましたが、日本映画のアクションの世界はとても深くて、面白いのです!!


また次回、更に詳しくお話出来ればと思います。お楽しみに!!!




一般的には同じ認識だと思いますが、アクションにも色々と種類が有ります。


私の学んできたアクションは、”香港アクション”になります。”カンフーアクション”と基本的には同じ意味です。


70年代日本では、”カラテアクション”とも呼んでいました。


元々香港映画界で、普通に使われていたアクション映画の技法ですが、”ブルース・リー”以降に世界のスタンダードになったアクションスタイルです。


当たり前になりましたが、ワイヤーアクションも香港アクションがベースです。


ハリウッド映画のアクションが、上半身中心のボクシングスタイルで、最後は椅子やビール瓶で殴り、決着はガンファイト・・・というスタイルを変えたのも香港アクションです。アクションヒーローは、最後は素手で倒すのです!


それから、男たちが戦う前に上半身を脱ぎ、筋肉を見せ威嚇するスタイルも”ブルース・リー”以前は無かったって知ってましたか?


やはり、ブルース・リーさんって、偉大ですね!!「アチョー!」



ハリウッド映画では、いつの時代もアクション映画はジャンルとして確立しています。日本映画の場合は、中々ジャンルとしては,安定感が有りません・・・残念です!


70年代の”ブルース・リー”作品による”ドラゴンブーム”に始まり、80年代の”ジャッキー・チェン”ブームまでの大きな流れに巻き込まれ、

日本映画もアクションブームを向かえました。


90年代以降は、徐々にブームも下火となって行きました。・・・残念です!!


日本の場合は、その後、再びアクションブームを起すだけのアクション映画やアクションスターが登場しなかった事が原因だと思います。


皆さんはどう思いますか?私は今後もアクション映画を製作していきます!


世界に発信出来る様に、日本のアクション映画も応援して下さい!!



私は、香港映画や台湾映画にスタントマンとして出演していました。


スタントマン⇒アクションコーディネーター⇒アクション監督⇒プロデューサー

の成長の過程を歩んで来ました。


私が行ってた80年代の香港ゴールデン・ハーベストの撮影所は、ジャッキー・チェンさんやユン・ピョウさん、サモ・ハンさんたちが次々と新作の撮影をしていて、香港映画の黄金期でした。


とにかく、すごかったです!!




BSで、スーパーマン派?バットマン派?的な番組を放送していましたが、わたしは、バットマン派です!



近い将来ハリウッドで、「バットマン」映画のプロデューサーを出来ればと思っています。・・・だいぶ頑張らないと・・・!!


今日は、来年公開予定の作品のポスターデザインの打合せをしてきました。

海外版と国内版では、かなりデザインを変える必要があるのです。


国内版でメインになる俳優さんも、海外版でメインにならない事も有ります。

外国の方が見てインパクトのあるデザインに変更しなければ、作品に興味を持ってもらえません。


意外とそれが難しいのです!!!