『豊玉発句集』の最後の句です。


土方さんらしい句といえば

「梅の花 壱輪咲いても 梅ハうめ」

だと思うのですが(笑)


いや、土方さんらし過ぎて微笑ましい句です(笑)


でも『豊玉発句集』の中で一番好きな句が

「梅の花 咲るしたけに さいて散」だなと土方歳三日記読んで思いました。


土方さんが好きなもの「梅」は周知な事だと思うのですが

句に多く用いられているのは「梅」だけじゃなく

「春」や「月」も多いんですよね。


現に「春の月」や「春の雨」「春の山」「春の草」

「春の月」にいたっては登場するのは4句です。


そうそう沖田さんの辞世の句であるといわれている

「動かねば 闇にへだつや 花と水」ですが。

これは土方さんの『豊玉発句集』の中の一句

「さしむかふ 心は清き 水鏡」の返句だと私何処かの記事に書いた気もしないでもない。


まだその頃は新撰組に入りたての頃で、今よりも知識は浅はかだったので

こんな事気づきもしなかったのですが…


「さしむかふ 心は清き 水鏡」が詠まれている『豊玉発句集』は

上洛以前のものなんですよ。


という事は、ですよ?


その上洛以前に土方さんが詠んだ句を

上洛以前や、以後に見たということになりますよね。


いやね、土方さんと沖田さんが凄く親しい仲だったのならまあまあ納得できるのですが

色々調べていくうちにその確証はない(証言がない)という事を今の私は知っているので

「沖田さんの辞世の句は土方さんの句への辺句」だと考えるのは少し無理があるのではないかと。


しかもあの土方さんが自分が詠んだ(編んだ)句を人に詠ませるかなって思うのだよ(笑)

「さしむかふ~」が沖田さんに当てた句なら尚更、本人に詠まれたくないでしょう。


まぁ沖田さんに当てた句、そして辺句だという解釈をするなら

沖田さんが勝手に覗き見たっていう事にすれば収まるかな(笑)


しかし辞世の句が辺句だとすればそこまでその句を覚えていたという事になるのでね

ドラマの中ならあり得るのでしょうが…なんとも現実味がないですね。

しかも辞世の句が土方さんとの事を詠んだとすればだ

何故病床の中、土方さんの事を気にしているような言葉が残っていないのかが気になる。

そこまで思っていて残っていないのは些か疑問ですよ。


そこも半ば無理やり「言葉にしなくても通じ合っている仲」なんていう事で合わせられますが(笑)


ほんと現実味がない。


あぁ本当、自分の中で沖田さんと土方さんとの仲は

「(試衛館時代)親近→(浪士組・新撰組時代)疎遠」なんだなぁ。


いや、何処にも証拠なんていうものはないので

きっとこれから土方さんと沖田さんの仲を確証付けるようなものも出てこないでしょう

だから想像して楽しむのも良いと思うのです^^


さて『土方歳三日記』は5分の一の所を読み終えた所です。


原文そのまま載っているので読み難いと聞いていたのですが

意外とスラスラ読めている自分に驚き(笑)


でも原文そのまま載っているから、更にその時に吸い込まれていく感じもします^^


丁度世は読書週間ですし、秋の夜長に新撰組書籍を読まれては如何ですか?


なんて締めちゃって(●´ω`●)ゞ