こんにちは。
みんなの気づきに役立つ
適職診断士
わたべ 幸(みゆき)です。
昨日はお彼岸でしたね。
私は実家が遠いので、お墓参りには
行けませんでしたが、
今はこの世にはいない4人のおじいちゃんとおばあちゃん
のことを、思い出して考えてみました。
まず、父方のおじいちゃん。
いくつになっても向学心、好奇心旺盛で、
学校の先生を辞めてからのおじいちゃんしか
私は知らないけれど、新しい本を目の見えない人たち
のために、ボランティアで点字を打っていましたね。
自分の考えがあって、頑固なおじいちゃんだったけど、
ほんとに面白い、個性的な人でした。
お父さんを通していろんな話は聞いているけど、
今になって、もっと若い頃のおじいちゃんがどうしていたのか、
知りたかったなあって思います。
私のことは、どうしてるかいつも気にかけてくれてありがとう。
そして、父方のおばあちゃん。
ほんとに強い人だと思います。
自分をしっかり持っている人。 おじいちゃんとの間に
子どもが生れなかったので、私の父は
親戚からの養子でしたが、赤ちゃんの頃から育てて
いたので、全く実の子と同じに思っている様子が
子どもからでもわかりました。
戦前の昔、田舎です。本家の家の嫁になって
子どもが生れなかったというのは、とてもつらいこと
だったのではないでしょうか。
でも、おばあちゃんは、そんなことはおくびにも出さず、
いつもにこにことしっかりと、ある意味自分にプライドを持って
行動していました。
そして、孫のことはいつもとても可愛がってくれました。
ちょっと不器用な示し方だけど、いろんなものを買ってくれたり、
私が1つのお菓子を「好きだ」って言ったら、
お土産に延々何年も何年もそのお菓子だけを買ってきてくれたり。
子どもに恵まれなかった私は、今、おばあちゃんがどんな
気持だったか聞いてみたいなという気持でいっぱいです
次に母方のおじいちゃん。
お寺の住職さんでした。いつも忙しく飛び回っていて、
お坊さんですから、声が大きく、でも面白い人でした。
一家の長 ですからね。
それは、亭主関白で、
自分の考えをがんがん言う人でしたが、
おばあちゃんも負けてはいない人だったので^^
母の家はいつも人が出入りする、
いつも人が話している、動いている
にぎやかな家で私は子どもながらに
その活気が好きでした。
私達外孫は、忙しくしているおじいちゃんと合間に話す
感じが多かったですが、でも明るくて、話しも好きで、
孫には優しいおじいちゃんでした。
母方のおばあちゃん。
このおばあちゃんは、一番最後まで会うことができましたが、
最後は介護必要な状態に長い間なってしまい、
その前のおばあちゃんと、後のおばあちゃん、
人は全然違っていくんだなあ
子どもに還っていくんだなあ
と感じる、複雑な思いがあります。
おじいちゃんが亡くなった後すぐに
認知症の状態がどんどん進行していったようで・・・
おじいちゃんがとても強い心の支えだった
のでしょうか。
私達外孫は、遠くから見ているだけしか
できなかったけれど、
母などは、もう自分の顔と名前も思い出してくれない実の母に
もっと複雑な思いだったのではないかと・・・
おばあちゃんの娘時代、結婚したばかりのころ、
私はなんにも知らないけれど、
最後はよくそういう話ばかりしていたそうです。
ああ、もっと話せるうちに聞きたかったなあ
と今思います。
どのおじいちゃんもおばあちゃんも、
孫の私をとても可愛がってくれました。
昔の人たちだから、「大好きだよ」なんて
言葉では示してくれなかったけど、
たくさんの愛情をもらいました。
本当にありがとう。今の私の一部分は、あなたたち
が作ってくれたものです。
今年は、お彼岸にこんなふうに思い出してみました。
私達子どもや孫が思い出して語ることで、
おじいちゃんおばあちゃんたちは、この世界で
人々の心の中に残っていきます。
こんなふうに世界ってつながって続いて
いくんだねって
思ったお彼岸でした