私は
人材開発コンサルタント
ACTAS服部哲茂
 
 
だれでも
劇的に変わる
瞬間がある

 
 
これが
ACTASの
キャッチフレーズです。
 
 
変わるキーワードは
自己理解と
既知を増やす
 
 
本来の自分を知り
知らないことを
知ることで
人は変わります。
 
 
昨日は
ある企業さんと
打ち合わせ
 
 
自己紹介で
 
 
弊社の
屋号について
お話しました。
 
 
屋号は
ACTAS
 
 
ACT;行動する
AS;自分らしくを
 
 
合わせた造語
 
 
思いは
自分らしく行動する人を
増やしたい
 
 
何故そう思ったか?
 
 
会社員時代の
エピソードを
お話します。
 
 
現在62。
 

3年前の7月
38年間務めた
某大手製薬会社を
 
 
定年退職しました。
 

5年の再雇用を
受けることも
できたのですが
 

私は
3年前の8月には
 
 
 
「人材開発コンサルタント」
として起業しました。びっくり
 
 
定年が近づき、
退職して
 
 
去っていく先輩を
見た時
 

「自分らしく」
その会社員人生を
過ごして去っていく
 
 
先輩が少ないことに
気が付きました。ショボーン
 

それは、
出世したかどうかと、
関係ありません。
 

つまり、
どんなに
最終役職が
 
 
 
高くして、
定年を迎えた方でも、

 
「その人らしい」と
思えた方は
少なかったのです。

 
何だか、
とても、
勿体ないと思いましたショボーン
 

私のいた会社
は少なくとも
 
 
一部上場企業です。
 

その企業ですら、
こうなら、
一般的な企業はもっと、
 

「自分らしさ」を
押し殺している
 
 
会社員は
多いのでは
ないかと思いました。
 
 

ならば、
「自分らしく」
生きてい行ける
 
 
人を
増やしたいと
考えました。
 
 

私は会社員時代、
二度地獄を見ました。
 
 

一度目は
新入社員時代
 
 
全く売り上げ目標を
達成できないで
8年目に
 

営業所から
遠く離れた
 
 
辺境の
低シェア
(売りが下が極端に少ない)地区に
 
 
左遷されました。ショボーン
 

それまで、
挫折らしい挫折のなかった
私にとっては
 

「会社をやめよう」
とまで思った瞬間でした。

 
しかし、
ここで、辞めては
「負け犬」になると思った私は
 
自分の営業スタイルを
一新しました。

 
この時のキーワードが
「自分らしさ」です。
 

それまで
私は所謂「営業マンスタイル」で
営業していました。
 

「下」からのアプローチで
お得先が
「白いものを黒」
 
 
と言っても
対応するような
スタイルです。
 

先輩からは
「それが営業だ」と
教え込まれていました。びっくり
 

でも、
この担当交代から
 
 
私は
「自分の営業スタイル」を
代えました。
 

「自分らしく」なければ、
人は生き生きと
仕事ができないと考え
 

「自分らしさ」を求め、
 
 
会社や先輩から押し付けれた
「営業スタイル」を
返上しました。
 

私は「薬剤師」です。
 

薬剤師として、
「白は白」であり、
 
 
「下」からのアプローチは
「薬」を扱う者としては
 
 
正しい
アプローチではないと
感じていました。
 

私は「薬剤師」に
徹しました。
 

「美味しいお店」や
「取りにくいゴルフ場の手配」
ではなく
 

「薬」の特性を正しく伝え
 
 
それは、
単に会社の製品の
中からではなく
 

場合によっては
他社品でも、
 
 
「良い薬は良い」と
伝えるようにしたのです。

 
それは「下」からの
アプローチではなく
 
 
「対等のパートナー」
としての
 

立ち位置に
代えたのです。
 

結果、
見る見ると
お得意先から
 
 
信頼を得て
売り上げが
伸びました。
 

その成果は3年間で
その地区の打ち上げシェア
倍にしたのです。
 

業界にもよると思います
同じ医師じ患者の
製薬業界にとっては
 

3年間で
倍の打ち上げシェア獲得は
大事件です。
 

お陰で
私はその翌年
花形担当者として
 
 
他地区の
大学病院担当者として
転勤となりました。
 

もし、その時、
「自分らしさ」を
追及してなければ
 
 
目標達成したことのない
担当者が
 

花形担当者には
なれなかったと
思います。
 

皆さん
「自分らしく」
生きていきませんか!?
 

この後
もう一度地獄を
あじ合うのですが
 
 
その話はまた、後日します。
 
 

ここまで

お読みいただきありがとうございましす。

     

       

私は人材開発コンサルタント

ACTASの服部哲茂です。