私はセミナー講師をしています。
セミナー後にアンケートを
書いていただくのですが、
その内容を読むのが好きです![]()
何故なら、同じセミナーなのに、
書かれているポイントが
皆さん違うのです。
「あ!この方はここに
興味を持たれたのだな
」
「あ!この方はこんな
捉え方をされたんだな
」
と、色々な視点で感じ、
捉えていただいていることを
知ることができることで、
また、
次のセミナーの構成や、
ヒントが得られます。
でも、こんな疑問を
持たれる方もいるかも
しれません。
「同じセミナーなら
持って帰って頂く事柄は
同じであるべき、
なのに、各々違うことを感じ、
違う捉え方をしたのでは
講師の未熟さではないのか」
との疑問が
湧くかもしれません。
でも、
「これで良いのです。」
何故なら、
皆さん高い満足度評価を
つけていただきています。
もし、お伝えした「事実」(エビデンス)を
違う理解をされているのであれば、
講師として未熟だと思います。
しかし、正しく、伝わり、
正しく理解しても、
その解釈は人それぞれで
良いのです。
それが、今日のテーマ
「人は各自のフィルターを
通して見て・聴きます」
なのです。
今日のお話は
セミナーでの理解度の問題ではなく
「コミュニケーション」の
ポイントのお話です。
冒頭のお話はセミナーでの
出来事ですが、
日常のコミュニーションの
現場でも同じことが起こっています。
これは、目の前の人と
話していても解釈の違いは
起こります。
先日、家内と息子が
面白い会話をしていました。
息子「先週、佐賀に行ったんだけど、
丸い浮き輪のような物の上に
建物があって、
その中で、
海鮮丼を食べたけど
おいしかったよ。」
家内「え!丸い浮き輪!
?そんな物に乗ってたんじゃ、
直ぐにひっくり返っちゃうでしょ。」
息子「え!いや、大丈夫だよ。
ちょっと、揺れる感覚はあるけど、
安定していたよ。」
家内「そんなはずはない。
丸い浮き輪だと、
絶対にひっくり返る。
よく無事だったね。」
皆さんは、お分かりですか?
息子の見た
「丸い浮き輪のような物」と
家内が想像したものの違い。
私は見たことがあるので、
円柱形の発砲スチロール製の
大きな浮き輪です。
それが、
いくつかある上に
建物があるのです。
しかし、家内が思い描いた物は
おそらく、円形の大きなビーチボールの
ようなものではないかと想像します。
大きなボールの上に立った
建物であれば、
直ぐにひっくり返りそうですよね。
この会話は他愛もない内容ですが、
日常的に同じことが起こっています。
それは、
「人は見たいように見て、
聞きたいように聞く」
からなのです。
「伝えた内容」が同じでも、
人はその情報を自分の
フィルターを通して解釈します。
「丸い浮き輪のような物
→ビーチボール」のように![]()
もっと普遍的に言えば
「価値観」「経験則」「記憶」
「生い立ち」「先入観」「習慣」「文化」
等々・・・。
従って、私たちがコミュニケーションを
取る時は例え、
自分としては正しく正確に
伝えたとしても相手には
違うものとして解釈されている
かもしれないと思うことが大切です。
コミュニケーションのポイントは
「人は各々にフィルターがあり、
それにより解釈は十人十色」と
知ることです。
では、どうしたら、
その解釈の幅を狭めて、
伝えたいように伝えるかですが、
息子と、家内の会話で言えば、
息子の「丸い浮き輪のような物」の
表現は解釈すれば
ビーチボールもあり得ます。
そこで、「丸い円柱形の発砲スチロールが
いくつも並べてる筏の上に」
とまで正確に伝えれば
家内のような反応は
なかったはずです。
今は「解釈の幅を狭める」手法を
お伝えしましたが、
セミナーなどでは、
受講者の「価値観」「経験値」等が
違いますので、
敢えて、狭めません。
そうすることで、
その方が最も持って帰りたい形に
フィルターを通して変換できるからです。
楽しくないですか?
同じものを伝えても違った
解釈で伝わるって。
これがコミュニケーションの
面白さであり難しさです。
それを許容することが
コミュニーション上達のヒントです。
ここまで
お読みいただきありがとうございましす。
私は人材開発コンサルタント
ACTASの服部哲茂です。


