昨日、平山郁夫美術館に3回目の鑑賞に行ってきました。

 

なぜ、3回も行った?

 

行く価値があるからです。

 

絵画が素晴らしい。

 

広島県出身の画家であるので、広島の風景はもちろん、

 

世界に画材があって、奥が深い。

 

それ故、複数回行っても、違う絵が掛かっています。

 

次はどんな絵画に会えるか楽しみです。

 

さて、そのような中、今回は新たな発見がありました。

 

これまでは、絵画や平山郁夫自身のことのみに関心がありましたが、

 

今回、奥様の平山美知子さんの生き方に感動しました。

 

お二人は東京美術学校(現・東京藝術大学)の同級生でした。

 

そして、卒業時には美知子さんが首席,平山郁夫が次席でした。

 

あの平山郁夫を凌いで主席と言うことはかなりの絵の才能がおありだったと思われます。

 

しかし、結婚時には

 

「一家に画家は一人で良い」ときっぱり画家としての活動を辞めたのです。

 

皆さんは考えられますか?

 

それまで、自分にとって、とても大切なことを捨てるなんて。

 

上記の発言には古い日本の「男の人を立てる」思想があると思われます。

 

しかし、この決断は美知子さん自身が行いました。

 

女氏の回顧録では

 

もし自分を好いてくれるような人がいたら、一番大事なものをあげようと思っていました。」と

 

つまり結婚する人が現れたら絵は捨てると決めていたのです。

 

この考え方に賛同できない方もおられると思います。

 

しかし、私は感動しました。

 

これは、男だからとか、女だからとかではなく、

 

好きな人の為に自分の価値観すら変えられる「心の柔軟性」に感動しました。

 

だって、この決断が日本だけではなく、

 

世界から注目される画家を一人輩出したんです。

 

これは「絵が好き」でも、自分よりもっと素晴らしい絵を描いてくれる人がいれば、

 

「その人にそれを託す」との構図です。

 

結果、美知子さんの「価値観」は形を変えて継承されています。

 

今まで、私は「自分らしさ」の発揮の為に自分の価値観を明確にすべきと言ってきました。

 

それは全く変わりません。

 

しかし、その価値観とは表面的ではなく本質的な意味であり、

 

単に「自分がこうしたい」が価値観ではなく。

 

本当に好きなことであれば、それは誰が実行しても良いのです。

 

「真の意味での価値観の発揮」

 

スケールの大きさを感じた一日でした。