20代で白血病になり、がんサバイバーとなりました。
その影響で不妊(早発閉経)となっております。
その後、夫と結婚して卵子提供治療にて子どもを授かるために奮闘しております。
これは2023〜2025年(現在進行形)のお話しとなっております。
情報は日々アップデートしておりますので、卵子提供の参考程度に読んで実際ご自身がされる時には調べ直してくださいね^_^
私の経験が誰かの支えになればと思います❣️
一緒に頑張りましょう^_^
前回の続きです
今回もノンフィクションでお送りします😂
3回目の移植後やっとこさ妊娠🤰
ぬか喜びしないようにして
不安な日々を過ごしましたが
ついにバックアップクリニックを卒業する日が
やってきました🏥
その日は最後と言うこともあり
夫とともに診察室に向かいました💨
診察室にはいつもの院長が🧑⚕️
院長は長年やってるだけあって
知識もあったし
多分院長なりの信念もあった。
このバックリで色々とあったけど
この病院がバックリになってくれなければ
私の卵子提供は成立しなかった。
紹介状を受け取って最後に院長に
感謝を伝えました。
「院長はじめ皆さんに本当にお世話になりました。
私はもう子供をもてないと諦めてたんです。
この病院が卵子提供を受け入れてバックアップしてくださらなければ治療は成り立ちませんでした。
本当に感謝してます」
私も夫も深々と頭を下げました。
院長は表情を変えないようにしてましたが
私には少し照れているように見えました😁
(かわいい偏屈じじいやな☺️←褒めてますw)
そう言えば、、、
私、がんの闘病中も病院に対して許せないことや小さな不満がありました。
今回の卵子提供でも同様な感じ。
でもどちらも無事退院したり妊娠して
一言で言うと
"終わりよければ全てよし"
って感じになりました。
でも、もしどっちもうまくいかなければ
これが嫌な記憶とか強い言葉で言うと憎しみ
として残ったと思う😅
そして"終わりよければすべて良し"ってことは
それまでの病院に対する不満などの
マイナス点はいつまでも改善されないってことよね
まぁ患者側では改善ししようがないけど、みんな我慢しながらなんとか耐えていく感じ。
経験したことないけどなんかPTAと似てるな〜🙄
やってる最中は色々と不満あるけど
何年か我慢すると終わるし
どうしても無理な時は抜ければいいし
そうしていつまでも組織自体は改善されない🤣
私はこのブログを書くことで
当時の行き場のない辛い気持ちを
消化してるのかもしれません。
それに当時心の余裕がなくて一生懸命になるあまり視野が狭くなってて💦
今こうして過去を振り返りながらブログを書いてると、当時の他人の気持ちをほんとはこうだったんじゃないかと慮れらようになってるかな🙄
話が脱線しました💦
なにはともあれ
とにかく、この病院がバックリを引き受けてくれたおかげで私は卵子提供にチャレンジできた。
ほんとーーに感謝してます。
人にはおすすめできないけどw
なんだか和やかな雰囲気だったし
最後に告知について院長にお聞きしました。
「私達夫婦は子どもに卵子提供を告知するつもりがないんですけど、他のみなさんはどうしてるんでしょうか?
もしご存知でしたら参考までに教えてください」
院長は
さっきまでの柔和な顔つきがサッと変わり
「はぁ?告知しないの?そんなのダメだよ!
もし将来的に、子どもが何かの拍子に"自分は卵子提供で生まれてきて母親と血縁関係がない"って知ってしまったら信頼関係がくずれて
その子はぐれるんだからね!」
と言ってました💦
ぐ れ る
すごいパワーワードを頂きました。
その瞬間
あ、相談する相手間違えた
と思いました😂😅
院長は多分、言い方が良くないんですよねー
ストレートに物を言いすぎると言うか💦
告知問題は難しいですね〜
台湾では多くの方がこどもに告知しないと言ってました。
日本は結構告知推奨派?が多いような気もしますので、(私は卵子提供の法律の土台作りのときのニュースでそれを感じた)私は告知しませんって言いづらい雰囲気があったんですよね、、、。
もちろん、告知してもしなくてもどっちも間違ってない。
それに事実を知ってから先どうなるかはその子の性格によるのでしょう。
私のこどもが将来
万が一、億が一、卵子提供の事実を知ったら
どうなるか?
アメブロがあと20年くらい続いてたら
その時は答え合わせも兼ねて
ブログアップしたいと思います。
私達夫婦は今のところ
こどもには卵子提供を知らせるつもりはないです!
絶対!
でもどこから情報が漏れるかわからないし
世の中絶対はないですからね🙄💦
