<つづき>

サッカーの国別対抗戦といえば4年に一度行われるワールドカップだが、その2年前にヨーロッパの国別対抗戦が行われる。

96年は98年フランスワールドカップの2年前にあたり、しかも開催地はイギリスだった。

僕は、八方手をつくしてロンドンにあるウェンブリースタジアムでおこなわれる、準決勝のチケットを手に入れた。

チケットを買った時点ではどんな組み合わせの試合になるのかわかっていなかった。まだ、大会は始まっていなかったからだ。

EURO‘96(ユーロナィティシックス)と名付けられたその大会は、一年で一番季候のよい6月のイギリスを、興奮のるつぼにたたき込んだ。

ドイツ・イタリア・オランダ・フランス・スペイン・ルーマニア・ブルガリア・クロアチア・トルコ・デンマーク・スイス・ポルトガル・スコットランド・チェコ・そしてイングランド。

ユーゴ・ベルギー・スウェーデンがいないのは少し残念だったが、そんなことは大会が始まると吹っ飛んでしまった。

ドイツのクリンスマン、イタリアのゾラ、オランダのベルカンプ、ルーマニアのハジ、ポルトガルのルイ・コスタ、全くすごい選手たちだった。


グランドでのプレイもすごかったが、なによりすごかったのは観客だった。

学校へ行くと、イタリア人の生徒がドイツ人の生徒が、黒板に大きく前日の勝利をたたえていた。

クラスで、びっくりするほど貧乏していた、トルコ人の女の子がチケットを買って、トルコ対オランダ戦を見に出かけていた。

町へでると、赤いユニフォームに身を包んだスペイン人の大応援団が駅をうめつくしていたり、スコットランド人のたまり場的パブでは、「大会中、イングランド人入店お断り」といった張り紙がしてあった。

全く、大会のキャッチフレーズとおり。

“It‘s coming home”(サッカーが故郷に帰ってきた。)



大会はすすみ、予選でイタリアが敗退するという大波乱があった。

が、地元イングランドが快進撃を続け、大いに盛り上がった。

そしてベスト4が出そろい、準決勝の組み合わせが決まった。


ウエンブリースタジアム。ドイツ対イングランド。

僕が持っていたチケットは、買値の50倍で売れるプラチナペーパーになっていた…


事実、当日のニュースでダフ屋が1000ポンド(約20万円)の値をつけたと言っていた。


<つづく>