『俳優の仕事』第一部

第2章 舞台の芸術と舞台の職人芸1

[芸術においてはまず素晴らしいものを見分けする能力が必要だ]
だから、いいものを観て、完成を磨くのが必要で、色々なものを観て感じることが大事なんだなーというとこは変わらないのかな?

[演じた君たち同様、観ていた我々も、舞台で起きていることに心を奪われ、固唾をのんで、ひとつの共通した感情を生きたはずだ。
このようにうまくいった一瞬を、
全体とは別に
・・・・・・・
役を生きる芸術と呼んでもいいだろう。]
これほんと目指したい部分だよなぁ…

これは舞台のお芝居なことが前提だから、動くことは当たり前
でも、とある声優さんも昔やってたみたいだけど「身体的動線」を実際にやってみて身体の動きを認識することって大事だなーって思う
だから多くの人がいう
「舞台をやった方がいい」
に繋がるんじゃないかなー、
と私は思いました

[いちばんいいのは、俳優の全存在が戯曲のとりこになった時だ。その時俳優は意志を離れて、役の生活を生きることになる。俳優は自分がどう感じているかも気にせず、何をしているかも考えない。あらゆることが無意識に出てくる。
ただ残念なのは
われわれがいつもそれを操れるとは限らないことだ]

そう、その言葉を言うことで、演じることで役と同じ感情を感じないと役を生きることはできないし、それは役を生きているとは言えないんじゃないかなー、と個人的に

感じたことをなぞるのでは、それは感じたことにならないし
というかなぞれるのは「言い方」になってしまうんじゃないかなぁ…
私が単にできないだけかもしれないけど

自分の失敗談からもそう思うんですが
だから、感じて、役を生きていたら毎回全く同じ表現になること自体そもそも難しいそでは無いだろうか…

個人的には自分が上手くいってたと思える時ほど、その時のこと覚えてないんですけどね…