NEPO(Liaison Team)

NEPO(Liaison Team)

New Educational Progressive Organization
魂の進化と、宇宙真理の学び舎
巡礼は続く

 真地球時代 Eternal truth for the New Earth
 

■ルシの声

人は皆、

「より良い人生を送りたい」

と願います。

社会的に成功したい。

豊かな生活をしたい。

高い地位に就きたい。

多くの人から認められたい。

大きな財産を築きたい。

それらは決して悪いことではありません。

しかし釈尊は、

私たちが普段考えている「成功」のさらに上に、

もっと価値あるものがある

と説いています。

それが、

真理に目覚めること。

そして、

その真理への流れに入ることです。


■原文に見る第178偈

「大地の唯一の支配者となるよりも、天に至るよりも、全世界の主権者となるよりも、聖者の第一階梯である預流果のほうがすぐれている。」

これは、

「この世で一番偉くなること」

よりも、

「真理への道を歩み始めること」

の方が遥かに尊い、

という教えです。

王様になっても、

大統領になっても、

巨万の富を得ても、

世界的な名声を得ても、

それらはこの世にいる間の一時的なものです。

肉体を離れれば、

地位も名誉も財産も、

そのまま持っていくことはできません。

しかし、

真理を求めた心。

善き行いを積み重ねた心。

智慧を身につけた魂。

これらは、

魂そのものの財産となるのでしょう。


■ルシ的視点

この三次元世界では、

「何を持っているか」

「どんな肩書きを持っているか」

「どれだけ成功したか」

ということが、

人間の価値を測る物差しになりがちです。

しかし、

魂の世界の物差しは、

少し違うのではないでしょうか。

どれだけ愛を与えたか。

どれだけ慈悲を実践したか。

どれだけ自らの心を浄化したか。

どれだけ真理を理解したか。

そして、

どれだけ自分自身を律し、

魂を成長させたか。

そこに、

本当の価値があるのでしょう。

だからこそ、

預流果という境地は、

世俗的な成功とは全く別次元の価値を持つのです。

真理の流れに乗った。

これは、

人生における大きな転換点なのです。


■宇宙的視点

宇宙という巨大な時間軸から見れば、

一人の人間がこの地球上で得る地位や財産などは、

ほんの一瞬の出来事です。

しかし、

魂の成長という視点から見れば、

一つの「目覚め」は、

非常に大きな意味を持ちます。

真理に出会い、

「自分は何のために生きているのだろう?」

と考え始める。

そして、

「この人生を単なる物質的成功だけで終わらせたくない」

と思う。

そこから、

魂の航海が始まります。

今まで見ていた世界が、

少しずつ違って見えてくる。

お金も、

仕事も、

人間関係も、

成功も失敗も、

すべてが魂の学びの材料として見えてくる。

これは、

大きな意識転換です。

そして一度その流れに入れば、

もう以前と全く同じ自分には戻れない。

それが、

「預流」という言葉の持つ深い意味なのかもしれません。


■仏法真理的視点

預流果とは、

仏教における聖者の第一段階です。

文字通り、

「聖なる流れに入った者」

という意味を持ちます。

ここで大切なのは、

「自分は預流果になった」

と肩書きを得ることではありません。

むしろ、

その反対です。

真理に出会ったならば、

さらに謙虚になり、

自らを反省し、

心を整え、

八正道を実践していく。

そして、

少しずつ執着を手放し、

愛と慈悲を育てていく。

その歩みそのものが、

聖なる流れなのでしょう。

ですから、

「預流果だから偉い」

という話ではありません。

真理に向かって歩み始めたこと自体が尊い。

ここが重要なのです。

地位や名誉や金銀財宝は、

どれほど集めても、

それ以上のものを欲しくなります。

しかし、

真理への目覚めは、

一つ得れば、

さらに深い真理を知りたくなる。

そして、

その過程で心は豊かになっていく。

これは、

世俗的な欲望とは全く異なる、

「智慧への欲求」とでも言えるでしょう。


■人生の本当の成功とは

もし、

「人生の勝利者とは誰か?」

と問われたなら、

私はこう答えたいと思います。

大金を持っている人でもない。

社会的地位の高い人でもない。

有名人でもない。

権力者でもない。

もちろん、

それらを持つこと自体が悪いわけではありません。

しかし、

それらを持ちながら、

心が欲望や嫉妬や怒りに支配されているなら、

魂の視点から見れば、

まだ本当の成功とは言えないでしょう。

反対に、

それほど財産がなくても、

真理を求め、

自分自身を反省し、

人に優しく、

愛と慈悲を実践し、

心を清らかにしながら生きている人。

その人は、

すでに非常に尊い道を歩んでいるのです。


◆NEPOからの提言

あなたは今、

何を人生の成功だと思っていますか?

財産でしょうか。

地位でしょうか。

健康でしょうか。

人間関係でしょうか。

それとも、

心の平安でしょうか。

もちろん、

現実生活を安定させることも大切です。

適正なる蓄財も必要でしょう。

仕事も必要です。

健康管理も必要です。

しかし、

それらを人生の「目的」にしてしまうと、

いつか限界が訪れます。

だからこそ、

人生の目的と、人生を生きるための手段を区別すること。

これは非常に重要です。

お金は手段。

仕事も手段。

地位も手段。

この肉体さえ、

魂の修行のための一時的な乗り物。

そして、

その先にあるのが、

魂の成長と真理への目覚め。

この視点を持つなら、

世俗的な成功を追い求めながらも、

それに心を奪われずに済むでしょう。

それが、

現代における中道の生き方なのかもしれません。


😊ユーモア一つ

もし、

「世界の王様になれる権利」と、

「真理への流れに乗れる権利」

を二つ並べられたら……

普通の人は、

「王様も捨てがたいなあ……」

となるかもしれません。(笑)

しかし釈尊は、

「いやいや、そっちじゃありませんよ」

と、

静かに微笑んでいらっしゃるのでしょう。

そして、

「王冠よりも、智慧を選びなさい」

と。

うーん……

さすが釈尊。

究極の価値観は、

やはり一味違います。😎


■最後の一節

人生には、

様々な階梯があります。

少年期。

壮年期。

老年期。

社会的な成功。

家庭。

仕事。

財産。

地位。

名誉。

しかし、

それらのさらに上に、

魂の階梯があります。

そして、

真理に出会い、

正しい信仰を持ち、

自らを反省し、

八正道を実践し、

仏法の流れに入る。

その瞬間から、

人生の本当の航海が始まるのです。

王冠を得るよりも、

世界を支配するよりも、

巨万の富を得るよりも、

真理への流れに入ること。

それこそが、

何ものにも代え難い、

最高の財産なのかもしれません。

人生という航海において、

世俗的な成功は、

一つの港に過ぎない。

しかし、

真理への目覚めは、

航路そのものを変えてしまう。

だから、

焦る必要はありません。

人と競う必要もありません。

あなたには、

あなた自身の航路があります。

大切なのは、

その羅針盤を見失わないこと。

宇宙真理・仏法真理を羅針盤として、

一歩一歩、

自らの魂を磨いていくことです。

そしていつの日か、

振り返った時、

「ああ、

この人生で真理に出会えたことこそ、

最大の幸運だった」

と思えるならば、

それは素晴らしい人生ではないでしょうか。

真理への流れに乗る。

その一歩こそ、

本当の意味での、

人生の大いなる出発点なのです。

                                                KO

 

(ルシの声)

お蔭様で、

【ルシは語る】シリーズも、

今回で500回を迎えました。

500回――。

数字だけを見れば、大きな節目に見えます。

しかし私にとっては、

これは終着点ではありません。

一つの大きな「通過地点」なのです。

ここまで航海してきた海を一度振り返り、

そしてまた新たなる海原へ、

羅針盤を真理に合わせて、

出航していきたいと思います。


■ルシ的視点

この【ルシは語る】シリーズを始めた主たる目的は、

宇宙真理・仏法真理を、

様々な視点、様々な観点から捉え、

それを自分なりの言葉で表現し、

一人でも多くの方々に、

「真理というものが存在する」

ということに気づいていただき、

そして少しでも、

真理への目覚めへとつながっていただくことです。

これまで、

神仏の存在と信仰。

人生の目的と使命。

魂の永遠性と転生輪廻。

高級神霊、守護霊、指導霊等の存在。

因果の理法、縁起の理法。

八正道。

心の浄化。

愛と慈悲。

自由自在、自由闊達なる境地。

そして、この地球を舞台として繰り広げられている、

光と闇の問題や、

宇宙的な視点から見た地球と人類の未来――。

様々なテーマを取り上げてきました。

時にはダンマパダをひもとき、

時には宇宙の話をし、

時には健康や食事、

水や休養、

スポーツや地域の話題、

さらには「人生ゲーム」まで登場しました。(笑)

一見すると、

「仏法真理と人生ゲームに何の関係があるの?」

と思われるかもしれません。

しかし、

そこにこそ【ルシは語る】の面白さがあります。

真理は、

お寺の中だけにあるのではありません。

仕事にも、

散歩にも、

人との出会いにも、

病気や苦難にも、

喜びにも、

失敗にも、

そして日常の何気ない出来事の中にも、

真理への気づきは潜んでいるのです。


■宇宙的視点

私たちは、

広大なる宇宙の中に存在しています。

地球という一つの惑星に生まれ、

一人ひとりがそれぞれの人生を歩んでいます。

しかし、その人生は単なる偶然の連続ではなく、

魂が様々な経験を通して、

学び、反省し、成長し、

より高い境地へと進化していくための、

大切な旅なのではないでしょうか。

そう考えるならば、

人生に起きる出来事も、

少し違って見えてきます。

嬉しい出来事は、

「感謝を学ぶ機会」。

苦しい出来事は、

「忍耐や反省を学ぶ機会」。

人との出会いは、

「愛や慈悲を学ぶ機会」。

失敗は、

「次により良く生きるための教材」。

そして成功さえも、

「慢心せず、他者に還元するための教材」。

人生そのものが、

一冊の大きな教科書なのかもしれません。

だからこそ、

私は人生を必要以上に悲観したくはありません。

もちろん苦しい時には苦しい。

悲しい時には悲しい。

それも人生です。

しかし、その中にも必ず学びがある。

そう思えるようになると、

人生という航海には、

少しずつ余裕が生まれてきます。


■仏法真理的視点

そして、ここで何度でも立ち返りたいのが、

八正道と中道の精神です。

正しく見る。

正しく思う。

正しく語る。

正しく行う。

正しい生活をする。

正しく努力する。

正しく念う。

正しく心を統一する。

これは単なる宗教上の教訓ではなく、

人生を歩むための、

普遍的な羅針盤なのではないでしょうか。

人生に迷った時、

「これは正しい方向なのか?」

と自らに問いかける。

感情に流されそうになった時、

一歩引いて自分の心を見つめる。

失敗した時には反省する。

良きことを為したなら、

慢心せず、さらに精進する。

そして、

極端に走らず、

中道を歩む。

これこそが、

人生という長い航海を、

安定して進んでいく秘訣なのでしょう。

また、【ルシは語る】では、

ダンマパダの現代的解釈にも継続して取り組んできました。

釈尊が説かれた古代の言葉を、

現代人の生活に照らし合わせ、

今を生きる私たちが、

「では、今日からどう生きればよいのか」

を考える。

これは、

古い真理を現代に蘇らせる作業でもあります。

真理そのものは永遠でも、

それを伝える言葉や入口は、

時代に合わせて変わってよい。

むしろ、

変わらなければ届かない人もいるでしょう。

だからこそ、

真正面から真理を語ることもあれば、

柔らかなテーマを挟むこともある。

ユーモアを交えることもある。

日常生活の中から真理を見つけることもある。

それらもまた、

一つの「伝道」なのだと思っています。


■500回を振り返って

500回という数字を前にすると、

「よくここまで来たものだ」

という感慨もあります。

しかし同時に、

「まだまだこれからだ」

という気持ちの方が強いのです。

宇宙真理は、

500回のコラムで語り尽くせるほど小さなものではありません。

仏法真理も、

一生かけて学び続けても、

その奥行きは尽きることがないでしょう。

だからこそ、

学び続ける。

考え続ける。

実践し続ける。

そして、

時には笑いながら進む。

それでよいのだと思います。

悟りへの道も、

人生そのものも、

あまり肩に力を入れすぎる必要はない。

「軽快に行く」。

「自由自在を目指す」。

「自由闊達に生きる」。

これもまた、

私が大切にしてきた心境です。


◆NEPOからの提言

500回は、

ゴールではありません。

通過地点です。

ここで一度、

脚下照顧――

自分自身の足元を見つめ直してみましょう。

今、自分はどこにいるのか。

どちらへ向かっているのか。

羅針盤は正しい方向を示しているのか。

そして、

これから何を学び、

何を実践し、

どのような魂として成長していきたいのか。

それを確認する絶好の機会です。

人生という航海は、

まだ続いています。

私自身も一修行者として、

皆様と共に学び、

反省し、

精進し、

そして楽しみながら、

この航海を続けていきたいと思います。


😊ユーモア

500回もコラムを書いていると、

そろそろルシから、

「もう十分でしょう」

と言われそうですが……

いやいや、

まだまだ航海は続きます。(笑)

500回記念で船を降りるどころか、

「次の港までお願いします!」

という感じでしょうか。

人生ゲームで言えば、

500マス目に止まったところで、

「はい、ゲーム終了!」

ではありません。

まだまだ先があります。

しかも、

次のマスに何が書いてあるかは、

誰にも分かりません。

だから人生は面白いのです。😎🚢


最後の一節

500回。

それは、

終わりではない。

一つの通過地点。

これまで歩んできた道を振り返り、

今いる場所を確認し、

そして、

これから向かう方向を見定める。

人生という大海原に、

終わりのない航海図が広がっている。

その手には、

宇宙真理という羅針盤。

心には、

仏法真理という灯火。

そして、

中道という航路。

時には嵐に遭うこともあるだろう。

時には追い風に乗ることもあるだろう。

それでも、

焦らず、

恐れず、

執着せず、

一歩一歩、

軽快に進んでいこう。

私たちの人生の目的は、

単にこの世を無事に終えることではない。

この人生を通して、

どれだけ魂を磨き、

どれだけ愛と慈悲を学び、

どれだけ真理に近づくことができたか。

そこに、

この人生を生きる大きな意味があるのではないでしょうか。

【ルシは語る】500回。

ここまでお付き合いいただいた皆様に、

心より感謝申し上げます。

そして、

これからもまた、

皆様と共に、

楽しく、

自由闊達に、

時には笑いながら、

人生という大海原を航海してまいりましょう。

次の港へ――。

そして、

そのまた次の港へ。

航海は、まだまだ続きます。

(^^)v 🚢🌌🙏

— KO

(ルシの声)

人生とは、

ある意味では壮大なゲームである。

泣いたり、笑ったり、

進んだり、戻ったりしながら、

それでも最後にはゴールを目指して進んでいく。


本文

■ルシ的視点

「人生ゲーム」という盤上のゲームがあります。

すごろく形式で駒を進め、止まった場所の指示によって、結婚したり、大金を手にしたり、思わぬ試練に遭遇したりします。

幸運によって一気に前進することもあれば、災難によって大きく後退することもあります。

まさに、私たちの人生そのものではないでしょうか。

人生にも、思いがけない出会いがあります。

嬉しい出来事もあれば、苦しい出来事もあります。

順調に進んでいたと思ったら、突然の出来事によって立ち止まらされることもあります。

しかし、それでもゲームは続きます。

そして一つひとつの経験を乗り越えながら、最終的にはゴールへ向かって進んでいくのです。


■宇宙的視点

もし人生を一つのゲームだと考えるなら、苦難に遭遇した時にも、少し違った見方ができるようになります。

「なぜ自分だけが……」

と考えるのではなく、

「さて、この出来事から何を学ぼうか」

と考えてみる。

すると、人生の景色が変わってきます。

楽しいことも、辛いことも、成功も失敗も、すべてが魂の経験値になっていく。

そう考えれば、人生は単なる苦行ではありません。

学びながら、楽しみながら、魂を成長させていく壮大な冒険なのです。


■仏法真理的視点

そして、ここで強力な「虎の巻」が登場します。

それが、

仏法真理・宇宙真理です。

人生というゲームにも、当然ながらルールがあります。

因果の理法。

縁起の理法。

八正道。

愛と慈悲。

反省と精進。

これらを理解していれば、

「なぜ、この出来事が起きたのか」

「どうすれば次は同じ失敗を繰り返さずに済むのか」

を考えることができます。

ルールを知らずにゲームをするより、ルールを理解してゲームをした方が、当然ながら上手に進めます。

真理を知り、理解し、そして実践する。

これはまさに、

鬼に金棒、虎に翼。

いや、人生ゲームなら……

説明書を全部読んでからスタートするようなものです。(笑)


◆NEPOからの提言

人生に何が起きても、

「これは魂の修行問題だ」

くらいの余裕を持ってみましょう。

もちろん、辛い時には辛い。

悲しい時には悲しい。

それで構いません。

しかし、その出来事だけで人生全体を判断しないことです。

ゲームの途中で一回後退したからといって、ゲームオーバーではありません。

また駒を進めればいいのです。


😊ユーモア

人生ゲームで、

「職業:修行者」

「特技:反省」

「特殊能力:八正道」

なんてカードがあったら……

かなり強そうですね。(笑)

しかも、経験値を積むほど能力が上がる。

これはなかなか奥深いゲームです。😎


最後の一節

人生は、

泣き笑いのゲーム。

進んでは戻り、

戻ってはまた進む。

しかし、

一つひとつの経験には、

必ず意味がある。

真理というルールを知り、

愛と慈悲を胸に、

楽しみながら駒を進めよう。

そうすれば、

あなたはいつしか気づく。

人生というゲームの本当の目的は、

ゴールに一番早く着くことではない。

**その旅の中で、

どれだけ魂を成長させたか――**

そこにこそ、

真の勝利があるのである。

— KO