9/4(火)。
ノンタンです。
はなぺ、書き込みありがとー!
懐かしい面々のいい写真だねー!
みんな家族を持っているんだね。パパが多い!
哲兄さんに会いたいです。
はなぺもイギリス来るの待ってるよー。来年だよね。
さて、今日は会社でお仕事、帰宅は日付が変わった頃。
落ち着くところまでもう少し。
ふぅ。
ちょっと疲れている。
でも、この世の中、周りの人には言える言葉が、
僕は、世界中で、自分だけには言ってあげる事ができない。
「無理しなくていいよ」
って言葉。
通勤の車では、小説について考えている。
そして、"言葉の持つ力" を日々痛感している。
心とは真実、言葉とは事実である。
「なんて醜いんだ」って心で思っているとすれば、
それは真実かもしれないけれど、
「なんて美しいんだ」って、言葉で発すれば、
それは世界の認める事実であり、
世の中というのは、
真実を探すふりをした事実の解釈の旅
である、と思う。
だからこそ、言葉はいつだって大事だ。
人には、「無理しなくていいよ」って、
心から本音で言える。
でも、自分にだけでは言ってあげられない。
だから、無理をしてしまう。
でも、試練とは乗り越えられるものだけが、
自分の身に降りかかっているものであると信じて、
そんな試練を乗り越えていくことがまた快感である。
言葉の威力を考える際に、もう一つ大事なのは、
言葉と人間の距離感である。
同じ言葉でも、発する人間と受け取る人間の、
その言葉との距離感によって、言葉の意味は大きく表情を変える。
「死ね」という言葉を僕が友人にいう時、
それが意味するのは愛であり、
ただただ愛と深い友情を意味している。
気の置けない友人にしか言わないからだ。
「死ね」という言葉を、上司が部下に言えば、
それはとてつもない威力を発する。
真実の探求を止めて、事実の解釈を放棄してしまう程の力。
そして、最後に、自分が自分にいう時の言葉との距離感。
無理しなくていいよ、
その言葉との距離感は、僕には当分は埋められそうもない。