以下は、北海道のある市長に人の育成方法として紹介した、私が学んだ米Darden SchoolのCase Methodによる授業風景である。
ここでは、全授業が、学生同士の議論とQ&Aで進んでいる。
教授は、学生同士の議論を側面から支える(Facilitation)役割である。
基本的に、ビジネス事例の失敗と成功から学ぶ方法であるので、
ここで誤解や失敗を経験して、学生は、自由な議論ができるようになる。
セメスターに2度あるペーパーテストの評価を50%、
そして、クラス議論への貢献度を評点の50%としているので、無言の学生は、学校に残れない。
学生は、クラスメートに教えることが評価される。
そのため、クラスの雰囲気は、この評価軸に沿って、学生同士、支え合う方向に変わってくる。
Darden Schoolでは、入学直後のオリエンテーションで、「乗れなかった自転車に乘ろう!」と教えられる。
英語で言う「議論:Discussion」とは、日本語のニュアンスとしては、「口喧嘩」に近い。
つまり、日本文化・日本語環境では、躊躇するような場面でも、どんどん平気で反論する。
昔と異なり、最近の日本の学校では、「勇気を評価しない。」が、ここでは、反論する「勇気を評価している」。
クラスでは、周囲と異なった意見を述べると、クラス議論への貢献として評価する。
クラスの女子学生も、見上げたものである。
たいていの日本人女学生のようにイジイジなどしていない。
これは、Assertive(主張的)でなければ、生き残れないという評価軸のためである。
日本では、2026年、やっと高市首相が、女性初の総理大臣となっているが、ロシアのウクライナ侵攻を契機にTVニュースで北欧諸国の女性の政治リーダーを何人も見た。
もはや、首相や大統領選で候補者が女性であることを、話題にする国は、遅れている。
コロナ禍対策にしても、間違いの訂正は、誰でも簡単ではない。
海外では、資金への活動と流れ("Moneycracy")を止められないためであり、日本の場合は、政権内できちんと議論できないからではないかと思う。
ちなみに、日本では、一時、ゼロコロナを掲げる政党があったが、現在、聞かなくなった。
私が学んだ事実としては、
海水1ml(cc)には、1千万個、泥水1ml には、100万個のウイルスが存在している。
ウイルスについて人類の知識は、10%もないようだが、分かっていることが一つある。
ウイルスは、摂取(食)せず、排せつもしない。
そして、ウイルスは、生物ではない。(笑)
第4の権力と言われるメディアだが、最低限でも良いので、
日本の政治に対して、指導してやって欲しいものだ。
Learning Through the Case Method at Darden