第1章: 触媒の出会い

第1節: 邂逅の電流

その夜、都市は重く暗い雲に覆われ、

空気は電気を帯びていた。

 

アレクは研究所の片隅で、

酸化還元反応のデータを凝視していた。

 

彼はこの分野での第一人者となるべく、

エネルギー変換に革命をもたらす

 

理論を探求していたが、

思うように結果が出ない日々が続いていた。

 

電圧を上げ、温度を調整し、触媒を変えても、

システム内のエネルギー流れは乱れ、

最適化には程遠い。

 

「何かが足りない…何が原因なんだ?」

アレクは頭を抱えて椅子にもたれかかった。

 

その時、研究所の入り口が静かに開き、

アレクはその音に気づいて振り返る。

 

そこには黒いコートを

まとった女性が立っていた。

 

髪は長く、濡れたような光沢を持つ

黒髪が彼女の顔を隠すほどだ。

 

目立たない女性だが、その存在感は圧倒的で、

彼女がただの人間ではないように思えた。

 

「あなたがアレク博士ですね?」

女性は静かに問いかけた。

 

「そうだが…誰だ?」アレクは眉をひそめた。

彼女の雰囲気には奇妙な力が

宿っているように感じられた。

 

「私はリーナ。あなたの研究に興味があって来ました。」

彼女の声は落ち着いており、その言葉には揺るぎない自信が感じられた。

 

「興味?私の研究に?」

 

「ええ、酸化還元反応に基づくエネルギーの変換、

それを社会や個人のレベルで応用できると

考えているのではないかしら?」

 

アレクは驚きと警戒を抱いた。

 

この女性はどうしてそんなことを知っているのか。

彼の研究はまだ公表されておらず、

同僚たちにさえ詳しくは話していない。

 

しかし彼女は、あたかも彼の思考の深部を

覗いているかのような口調で話し続ける。

 

「電子が酸化剤に引き寄せられるように、

人もまた、与える者(ギバー)と

奪う者(テイカー)に分かれているのです。」

 

アレクは目を細めた。

 

この「ギバー」と「テイカー」という概念は、

彼が今まで聞いたことがないものだった。

 

だが、それは彼が探し求めていた解答に近い気がした。

彼の研究が、ただの化学反応以上のものと

結びついているように感じられた。

 

「面白い仮説だが…君は何者なんだ?

私の研究に何の関係がある?」

 

リーナは微笑んだ。

 

その微笑みは、まるでこれから起こる出来事を

すべて知っているかのようだった。

 

「私は触媒。あなたの反応を

引き起こすためにここに来たのです。」

 

その瞬間、外で雷鳴が轟き、窓ガラスが揺れた。

 

アレクはその音に一瞬気を取られたが、

再びリーナに目を向けると、彼女はすでに消えていた。

第2節: ギバーとテイカーの概念

翌朝、アレクはリーナの話が頭から離れなかった。

 

「ギバー」と「テイカー」――その言葉は

彼の思考の奥底に強く刻まれていた。

 

彼はその概念が、彼の研究に

深く結びついているように感じた。

 

エネルギーの流れを制御し、

最適化する方法を見つけ出す鍵が

そこにあるのではないか、と。

 

研究室に戻ると、アレクは早速その仮説を

データに反映させることを試みた。

 

彼は新しい酸化還元反応をシミュレートし、

特定の条件下でエネルギーのロスが

最小化される瞬間を探し始めた。

 

しかし、その途中で気づく。

 

「エネルギーは与えることで初めて流れを生み出し、

奪うことで安定する。」

リーナの言葉がふと脳裏をよぎる。

 

酸化は電子を奪い、還元は電子を与える。

人間関係もまた、

この酸化還元反応に似ているのではないか?

 

アレクは、電気的な反応を通じてエネルギーが

どのように流れるかを観察しながら、

リーナが言った

「ギバー」と「テイカー」という関係を改めて考える。

 

彼の職場でも、無意識のうちに

そうした関係が存在していることに気づく。

 

同僚たちの間での権力闘争や、

互いに情報を奪い合う姿勢が、

まるで分子間の電子のやり取りのように見えた。

 

「この研究は、単にエネルギーの問題だけではない。

もっと根源的な何かがある。」アレクは独りごちた。

 

その時、再びリーナが現れる。

 

今度は彼の隣に座り、

彼の手元のデータに目を向けると、

「エネルギーは一方的に流れるものではないわ。

与え、奪い、そしてまた与える。

この循環がなければ、すべては停滞してしまうの」と言った。

 

「循環…」アレクはその言葉を繰り返す。

彼は自分が見落としていた重要な要素に気づいた。

 

エネルギーの循環は、物理的なものだけでなく、

人間社会や精神的なレベルでも同様に重要なのだ。

 

リーナは立ち上がり、部屋を出ようとした。

アレクは急いで問いかけた。

「君は一体何者なんだ?なぜ、僕にこんなことを教えてくれる?」

 

リーナは一瞬立ち止まり、振り返って微笑んだ。

 

「私はギバーでもあり、テイカーでもある。

ただ、それだけのこと。」

 

そう言い残し、彼女は再び姿を消した。

その瞬間、アレクの中で何かが閃いた。

 

彼は急いでノートを開き、新たな仮説を書き留める。

「エネルギーの循環。それが鍵だ…」

 

第2章: エネルギーの循環

第1節: 減少する電位差

アレクはリーナとの出会い以降、

彼女が語った「ギバー」と「テイカー」の

概念に取り憑かれていた。

 

それは彼の研究だけでなく、

周囲の人間関係にまで影響を与え始めていた。

 

実験のたびに、彼はこの不思議な均衡を

考えずにはいられない。

 

酸化剤が電子を奪い、還元剤がそれを与える。

そして、そのエネルギーの流れこそが

安定したシステムを作り出す。

 

しかし、彼の研究はその理論に沿った

成果を出すには至らなかった。

 

数週間が経ち、アレクの研究室では酸化還元反応を

利用した新しいエネルギー変換装置の実験が繰り返されていた。

 

彼は、システム全体のエネルギー効率を最大化することを目指し、

あらゆる条件を調整した。

 

しかし、毎回どこかで予期せぬエネルギーロスが生じ、

結果は芳しくなかった。

 

「おかしい。どうしてエネルギーがこんなにも減少してしまうんだ?」

 

アレクはモニターに映し出されたデータを眺めながら呟いた。

 

理論上、システムの効率は完璧であるはずだが、

実際には電位差が徐々に減少している。

まるで、システム内の電子がどこかに逃げ出しているかのようだった。

 

その夜、アレクは一人研究所に残り、何度もシミュレーションを繰り返した。

しかし、どれだけ試行錯誤しても結果は同じだった。

 

彼は苛立ちを感じ、手元のコーヒーカップを乱暴に机に置いた。

その時、背後から静かな声が聞こえた。

 

「エネルギーは一方的に流れるものではない。すべては循環しているのよ。」

アレクは驚いて振り返ると、再びリーナが立っていた。

 

彼女はまるでそこにずっといたかのような

落ち着いた態度で、アレクに近づいてきた。

 

「君か…」アレクは疲れた表情で答えた。「またその話か?」

「そう、またその話よ。あなたの実験がうまくいかないのは、

エネルギーの循環を理解していないから。」

 

「循環?僕はシステム全体のエネルギー効率を

最大化しようとしている。奪った電子を戻す場所がないのなら、

どうやって循環させればいいんだ?」

 

リーナは静かに笑った。

 

「エネルギーは、必ずしも物質的な流れだけではない。

与えることで回復し、奪うことで崩壊する。

それはシステムの内部だけではなく、外部との関係にも依存しているのよ。」

 

アレクは彼女の言葉を理解できずに眉をひそめたが、

その言葉にはどこか真実が含まれていると感じた。

 

彼はリーナに質問したいことが山ほどあったが、

彼女は再び姿を消してしまった。

第2節: 人間関係における酸化還元

翌日、アレクは再び研究に没頭していたが、

どうしてもリーナの言葉が頭から離れなかった。

 

「外部との関係」―

―それが何を意味するのかを考える中で、

ふと彼は周囲の人間関係に目を向けた。

 

アレクの研究所は、

才能あふれる科学者たちが集まる場所だった。

 

しかし、近頃は研究に対する評価や資金の割り当てを巡って、

同僚たちの間に微妙な緊張が走っていた。

 

特に、アレクの同僚でありライバルでもあるマルコとの関係は険悪だった。

 

マルコはアレクと同じく優秀な化学者で、

彼もまたエネルギー効率を追求する研究を行っていた。

 

しかし、彼の手法はアレクとは異なり、

エネルギーを奪うことに重きを置いたものであった。

 

マルコは、アレクの研究成果を

横取りしようと陰謀を企てている噂が流れており、

実際にマルコがアレクのデータに

アクセスしようとしている現場を目撃した研究員もいた。

 

「奴はテイカーだ…」アレクは無意識にそう呟いた。

リーナの言葉が、彼の日常にも当てはまることに気づいた瞬間だった。

 

人間関係における「ギバー」と「テイカー」の概念が、

酸化還元反応に類似していることが明らかになりつつあった。

 

マルコは、他人のエネルギーを奪い取ろうとする

テイカーであり、アレクはそれに対抗するギバーとして存在している。

 

だが、彼自身もまた、

エネルギーを奪われ続けていることに気づいた。

 

研究においても、彼のエネルギーはマルコの影響で

少しずつ失われていっていた。

 

アレクが成功すればするほど、マルコはその成果を利用し、

自らの名声を築こうとしている。

 

その行為は、まるで酸化剤が電子を奪い取るかのようだった。

 

「奴が僕のエネルギーを奪っている…

それなら、僕も奪い返さなければならないのか?」アレクは自問自答した。

 

だが、リーナの言葉が彼を引き留める。

 

「奪うだけではエネルギーの循環は成り立たない。

与えることで初めて流れが生まれる。」

 

彼女の声が頭の中で響き渡り、

アレクは再び自分の立場を見直すことを余儀なくされた。

 

マルコとの争いは避けられないものの、

アレクはこの状況をどう解決すべきか模索し始めた。

 

ただ奪うだけではなく、エネルギーを循環させ、

全体の調和を取る方法が必要だと感じたのだ。

 

それは、酸化還元反応だけでなく、

人間社会にも通じる大きなテーマだった。

 

第3章: 奪う者、与える者

第1節: 還元の欲望

アレクは研究に対する情熱が強くなるにつれ、

リーナの「ギバー」と「テイカー」という概念に

さらに囚われるようになっていった。

 

彼女の言葉が日々の生活にまで影響を及ぼしていた。

 

エネルギーの循環が研究室内で

うまく機能しないことが、

彼自身の心理にまで反映されるようになり、

アレクは焦りを募らせていた。

 

特にマルコとの関係が悪化する中で、

アレクの心には新たな感情が芽生えていた。

 

それは「奪う者」として、

すべてを掌握したいという欲望だった。

 

リーナは以前、「奪うことだけがすべてではない」

と警告していたが、アレクは次第にその警告を無視し始めていた。

 

彼は、もし自分がすべての電子、

すべてのエネルギーをコントロールできれば、

すべてが解決するのではないかと考え始めたのだ。

 

「エネルギーは奪われるからこそ価値がある。

奪う者が強者であり、与える者はただの敗者だ」と、

彼は自らの考えに囚われ、リーナの忠告を無視し始めた。

 

そんな中、マルコの行動は

ますます攻撃的になっていった。

 

彼はアレクの研究成果を盗もうと、

より巧妙な手段を使い始めていた。

 

アレクのパスワードを解読し、

データを持ち出す計画を立てているという噂も、

研究所内で囁かれ始めた。

 

アレクの苛立ちは限界に達し、

彼はついにマルコに直接対峙する決意を固める。

 

ある日、アレクはマルコの実験室に忍び込み、

彼の進行中の研究データを覗き見た。

 

驚いたことに、マルコの研究は

彼自身の理論をほぼ完璧に模倣していた。

 

それはアレクが開発していた

新しいエネルギー変換システムそのものだった。

 

アレクは怒りに震えたが、

同時にマルコが自分のアイデアを盗んだことが

証拠として残っていることにある種の安堵も感じていた。

 

「これで奴を追い詰められる…」アレクはマルコを潰す

チャンスを手にしたと確信した。

第2節: リーナの真実

その夜、アレクは研究室に戻り、

マルコの裏切りに対してどのように報復するかを考えていた。

 

彼は次第に、「テイカー」としてすべてを奪い去り、

自分が頂点に立つことしか頭になかった。

 

しかし、その時、再びリーナが姿を現した。

「やめなさい、アレク。奪うだけではあなたも破滅するわ。」

 

リーナの声は、まるで彼の内面を見透かしているかのように響いた。

アレクは彼女に怒りをぶつけた。

 

「なぜ僕を止めるんだ?あいつは僕の研究を盗んだんだ!

僕が奪い返すのは当然だろう!」

 

リーナは静かに首を振った。

 

「あなたはテイカーとしてすべてを奪いたい

と思っているけれど、それでは最終的に自分を滅ぼすだけ。

エネルギーは奪われたら必ず反動が来る。

あなた自身もその反動で壊れてしまうの。」

 

アレクはリーナの言葉を理解したくなかった。

 

彼は自分が奪うことで正義を貫けると信じていた。

 

しかし、彼女の言葉にはどこか真理が

含まれているように感じたのも事実だった。

 

「君は一体何者なんだ?

どうしてそんなことを知っている?」アレクは問い詰めた。

 

リーナは一瞬の沈黙の後、静かに語り始めた。

 

「私はこの世界の法則そのものよ。

すべてのエネルギーの流れを見守り、

バランスを保つために存在している。

 

私はギバーでもあり、テイカーでもある。

必要に応じてエネルギーを与え、

必要に応じてそれを奪う。すべてはバランスに過ぎない。」

 

「バランスだって?」アレクは呆れたように笑った。

 

「僕はそんなものに縛られたくない!

僕はすべてを手に入れる。マルコを潰し、僕が世界に証明するんだ!」

 

リーナは悲しそうに彼を見つめた。

「その道を選ぶのなら、

あなたは自らを滅ぼすことになるわ。

 

奪うことだけでは、エネルギーの流れは止まる。

与えなければ、循環は起きない。

あなたがそれを理解する時が来ることを祈っているわ。」

 

そう言い残し、リーナは再び消えた。

彼女の言葉はアレクの心に深く残り、彼を揺さぶった。

 

しかし、彼はまだその警告を

受け入れることができなかった。

 

彼の心は、マルコへの復讐と、

すべてを支配するという野望に支配されていた。

 

アレクは再び研究に没頭し、

エネルギーを完璧にコントロールする方法を模索し始めた。

 

しかし、彼の研究は次第に進まなくなり、

システムのエネルギー効率はむしろ

悪化していく一方だった。

 

それでも彼はその原因を認めることができなかった。

 

「奪えばすべてが解決するはずだ…」

アレクは自らを納得させるように呟いた。

 

しかし、彼の心の奥底では、

リーナの言葉が静かに響き続けていた。

 

第4章: エネルギーの反転

第1節: 逆転する反応

アレクは、マルコとの直接対決の準備を整え、

すべてを奪い返す決意を固めていた。

 

彼はマルコの研究を暴露し、

自らの優位を証明するためにデータを用意し、

上層部に提出する計画を練っていた。

 

マルコが彼のアイデアを盗み、

自らのものとして発表しようとしていることは明白で、

アレクにはその決定的な証拠があった。

 

もはやリーナの忠告も彼の心には届かず、

アレクは「テイカー」として全てを奪う覚悟をしていた。

 

しかし、事態は予想外の方向へと動き出した。

 

マルコが先手を打ち、アレクの研究データを

捏造して彼を陥れる計画を進めていたのだ。

 

アレクが動く前に、マルコは上層部に

アレクの研究が「盗作」だと告発し、

自らの研究こそがオリジナルであると主張していた。

 

アレクはその報告を受けた時、

血の気が引くのを感じた。

 

彼の研究所内での地位は危うくなり、

周囲の同僚たちも彼を疑いの目で見始めていた。

 

自分こそが「ギバー」であり、

エネルギーを与える者であろうとした彼が、

 

今や「テイカー」として攻撃され、

エネルギーを奪われる立場に立たされていた。

 

「どうしてこんなことに…?」

アレクは呆然としながらも、

すぐに自らの行動を振り返った。

 

彼はリーナの忠告を無視し、

奪うことだけに囚われてしまった。

 

それが今、まさに自分に跳ね返ってきたのだ。

 

すべてを奪い取ろうとした結果、

エネルギーの循環は崩れ、逆に自らが奪われる側に立たされていた。

 

しかし、この逆転の瞬間にも、

アレクの心にはまだ戦う意志が残っていた。

 

彼は、マルコを追い詰めるための新たな証拠を探し出し、

逆転を狙おうとする。だが、その時、再びリーナが現れた。

 

「これが反動よ、アレク。

奪うことであなた自身が奪われる運命にあるの。」

 

リーナの声は、まるで決定的な事実を

告げるかのように冷静だった。

 

アレクは拳を握りしめ、怒りと無力感に打ちひしがれていた。

「もう手遅れだというのか?」

 

リーナは静かに首を振った。

 

「まだ、終わりではないわ。だが、

エネルギーを一方的に奪うことでは、この状況は打開できない。

あなた自身がすべてを失う覚悟を持たなければ、何も変わらない。」

第2節: 自己犠牲

アレクはリーナの言葉に思いを巡らせた。

彼女が言う「すべてを失う覚悟」とは何を意味しているのか。

 

エネルギーの循環が停滞し、マルコとの争いに

自らを消耗し続ける今、彼が選ぶべき道は何なのか。

 

答えはすぐに見つかるものではなかったが、

アレクは一つの結論にたどり着いた。

 

それは、自らが持っているエネルギー

すべてを還元し、状況を根本から変えるという決断だった。

 

「もし僕が奪い返そうとすれば、さらに奪われるだけだ…」

アレクはリーナの言葉を噛みしめるように呟いた。

 

「ならば、僕は与えよう。すべてを。」

 

彼は自らの研究データを公にし、

マルコとの争いを終わらせる道を選んだ。

 

アレクがデータを公開することで、

誰がオリジナルであろうと、

 

その成果はもはや個人のものではなく、

全体のためのものになる。

 

アレクは自身の名声や評価を捨て、

全ての成果を還元するという道を選んだのだ。

 

その選択を下した時、

アレクの中で何かが解放されたような感覚があった。

 

それは、彼が「ギバー」としての本当の役割を理解し、

エネルギーを与えることの本当の意味を知った瞬間だった。

 

彼はリーナの微笑みを思い出しながら、

自分がようやく「循環」の一部になれたことを実感していた。

 

数日後、アレクはマルコと対峙する場面に直面した。

マルコは、アレクがデータを公開したことを知り、逆に困惑していた。

 

彼はアレクが自らを守るために戦うと信じていたのに、

すべてを手放したアレクの行動に戸惑い、彼の思惑が崩れ去った。

 

「お前は、何をしているんだ?」

マルコは苛立ちを隠せず、アレクに問い詰めた。

 

アレクは穏やかに答えた。

「奪い合うだけでは、結局何も手に入らない。

 

僕はすべてを与えた。

それがエネルギーの流れを生み出す唯一の方法だから。」

 

マルコは何も言い返せず、その場を立ち去った。

彼はこれまで「テイカー」として

 

すべてを奪い取ろうとしていたが、

アレクの行動はその欲望を無力化させたのだ。

 

結果的に、マルコは自らの研究の評価も低下し、

彼がアレクに対して仕掛けた陰謀は自然と崩壊していった。

 

アレクはその後も研究に戻り、地道な道を選んだ。

 

彼の研究は、彼がかつて望んでいたような

個人的な栄光をもたらすものではなくなったが、

それでも彼は満足していた。

 

エネルギーが奪い合うものでなく、

与え合うものであることを、彼は深く理解したのだ。

 

第5章: 均衡点

第1節: 終わりなき反応

アレクがすべてを失う覚悟で

自らの研究を公開してから数週間が経過した。

 

彼が捨てた名誉や栄光は、今や別の者たちの手に渡り、

研究所の評価や注目は他の科学者たちに移っていた。

 

だが、アレクはそのことをまったく後悔していなかった。

彼はリーナの言葉を心の奥深くで噛みしめ、

 

すべてのエネルギーが「奪い合い」ではなく

「与え合い」で循環していくべきだと実感していた。

 

自分が犠牲にしたことで、エネルギーの流れが

スムーズになり、研究所全体が活気を取り戻していた。

 

アレクのかつての同僚たちも新しい研究に取り組み、

彼の公開したデータをもとに新たな発見をしていた。

 

彼の貢献は確実に世の中に広がりつつあったが、

それがアレクの個人の名声に繋がることはなくなった。

 

しかし、それでも彼は満足していた。

「すべては流れ、循環している…」

 

アレクは自らの小さな研究室で、

再び一から研究を始めていた。

 

彼の研究は目に見える形での成功を

求めるものではなくなったが、

 

もっと根源的なエネルギーの流れを

追求するものへと変わっていた。

 

彼は、エネルギーの本質を理解し、

社会や人間の関係性をより深く見つめ直すための研究に没頭していた。

 

そんなある日、アレクの前にリーナが再び姿を現した。

彼女の微笑みはこれまでよりも穏やかで、

どこか安堵の表情が見て取れた。

 

彼女はアレクの目の前に静かに座り、

彼に語りかけた。

 

「あなたはようやく理解したのね、アレク。

エネルギーは奪い合うものではなく、与え合うものであることを。」

 

アレクは静かに頷いた。

 

「僕は奪うことに固執して、自らのエネルギーを消耗していた。

それに気づいたのは遅すぎたけれど、

今は違う。与えることで初めてエネルギーは循環し、全体が豊かになるんだ。」

 

リーナは満足そうに頷き、

「その通りよ。あなたが選んだ道は、

すべての生命やエネルギーの本質を反映している。

 

奪うことだけでは、

必ずその反動があなた自身を滅ぼす。

与えることが新たな循環を生むの。」と言った。

 

「でも、僕はもうすべてを失った。

これからどうすればいい?」アレクは不安げに問いかけた。

 

リーナはその言葉に対して柔らかく笑った。

 

「失ったわけではないわ、アレク。

あなたは自分のエネルギーを与えたことで、

より大きなエネルギーの流れを生み出している。

それがあなた自身の中でもまた循環しているのよ。」

 

アレクは彼女の言葉に何か大きな真理を感じつつも、

その具体的な意味を完全には理解できなかった。

 

ただ、彼が選んだ道が間違いではないことだけは確信していた。

「これからはどうなるんだ?」アレクは問いかけた。

 

「エネルギーは永遠に流れ続けるわ。

それはあなたの選択に基づいて形を変え、

また次の循環へと繋がっていく。

 

あなたが生み出した流れは、他の人々へと広がり、

彼らもまた与え、循環を続けていくでしょう。」

 

リーナはそう言うと、静かに立ち上がった。

 

「君はこれからどこへ行くんだ?」アレクはさらに尋ねた。

 

リーナは一瞬微笑んでから、

「私はまた新たなエネルギーの流れを作りに行くわ。

これが私の役目だから。」と言い残し、再び姿を消した。

 

彼女の存在は、もはやアレクにとって謎でもなく、

彼の人生において必然的な存在であることを感じていた。

第2節: 新たなサイクルの始まり

リーナが去ってから数か月が過ぎた。

 

アレクは地道な研究生活を続け、派手な成果を求めることなく、

ただひたすらにエネルギーの循環を見つめ続けた。

 

彼の研究は、かつてのような世間の注目を

浴びるものではなかったが、彼にとってそれが重要ではなかった。

 

与えることが、自分の存在そのものであると理解していたからだ。

ある日、研究所に新しい若手の研究者が配属された。

 

その青年は、かつてのアレクを思い起こさせるような

情熱と野心を持っていた。

 

彼はエネルギー変換の研究を熱心に進めており、

アレクのもとに相談に来た。

 

「アレク先生、あなたの研究論文を拝見しました。

まるでエネルギーが永遠に循環しているかのような理論ですね。

本当に驚かされました。」青年は目を輝かせて語りかけた。

 

アレクは静かに微笑んで応えた。

 

「ありがとう。でも、それは僕の研究ではないよ。

エネルギーは僕たちのものではなく、

 

自然そのものの流れなんだ。僕たちはただ、

それを見つめ、その流れに従っているだけさ。」

 

青年はその言葉に少し戸惑いながらも、

「それでも、僕はあなたのようにこの分野で

 

大きな成果を残したいと思っています。

どうかご指導お願いします。」と頼んだ。

 

アレクはその若い研究者に対して、

自分のかつての姿を思い出しながら答えた。

 

「焦らなくていい。重要なのは、与え、

そして循環させることだ。

 

エネルギーは必ず返ってくるよ。

それが結果として現れるのは、

時間がかかるかもしれないけれど、焦る必要はない。」

 

青年はその言葉を理解するにはまだ若かったが、

アレクの落ち着いた口調に

何か重要なものを感じたのだろう、素直に頷いた。

 

それから、青年はアレクのもとで研究を続け、

アレクもまた彼の成長を見守りつつ、

自らの研究を淡々と進めていった。

 

アレクは、もう自分の名声や成功を求めることなく、

ただエネルギーの流れに

身を委ねて生きていくことを選んでいた。

 

すべてが循環し、新たなサイクルがまた始まろうとしていた。

 

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最後まで読んでくださり

ありがとうございます!

 

この小説は『酸化還元反応』×『ギバー&テイカー』

の関係性について科学・社会的な知見から

考察してみた作品になっています。

 

多少科学的なことを含むため

理解に苦しむ場面はありますが、

社会・世界の摂理を垣間見える

教えてくれるのではないかと考えています。

 

いい作品だと思いましたらフォローまたはいいねを

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今後とも気ままに小説やコンテンツを発信していきますので

温かくみてくださると嬉しいです。